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急にピアノが弾けない!細則の変更でも「特別の影響」で承認が必要か?弁護士が解説

このコラムのまとめ
- マンションの規約の設定変更等には,区分所有者および議決権の各4分の3以上の多数による集会決議が必要。
- また,その変更等によって特別の影響を受ける区分所有者の承諾も必要になる。
- 特別の影響を受けるかどうかは,マンションごとの事情を丁寧に検討する必要がある。
急にピアノを弾いてはいけなくなった
マンションでは,様々な方が住んでいます。
中には,ピアノが弾きたくて入居した方もいるでしょう。
今まで認められていたピアノの演奏が,夜8時以降は禁止されてしまったら、当然ですがとても困った状況になります。
マンションで突然そのようなルールが出来た場合,ピアニストとしては何か反論できるでしょうか。
規約変更による「特別の影響」
マンションの規約を設定,変更等する場合,区分所有者および議決権の各4分の3以上の多数による集会決議が必要です(区分31①)。
4分の3以上の賛成というのはそもそも大きなハードルです。
さらに,31条1項後段は,その規約変更等が「一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべき時は,その承諾を得なければならない。」とされています。
つまり、規約変更等には,特別の影響を受ける区分所有者の承諾まで必要なのです。
どういう場合に「特別の影響」があると言えるのでしょうか。裁判所では,「規約の設定,変更等の必要性及び合理性とこれによって一部の区分所有者が受ける不利益とを比較衡量し,当該区分所有関係の実態に照らして,その不利益が区分所有者の受忍すべき限度を超えると認められる場合をいう」とされています。
まとめると,特別の影響はないとして規約変更等が有効となる要件は,①規約を変更等する必要性があること,②規約の変更に合理性があること,③変更等による不利益が受忍限度内であること,であるといえます。
反対に,上記①から③の一つでも満たさない場合には,特別の影響を受ける者の承諾が必要です。
規約の変更ではなく,使用細則の設定・変更ならどうか?
ところで,ピアノの演奏に関する規制などは、通常,管理規約自体では無く,その下位規範といえる「使用細則」にて規定されることが多いでしょう。
通常,使用細則の設定・変更については,総会の過半数で決議されています。
使用細則の設定・変更の場合,規約自体ではないため,上記の区分31条1項の適用は無く,過半数で決められるし,特別の影響を受ける者の承諾も不要であるようにも思われます。
この点,楽器の演奏時間を夜8時までとする細則を過半数決議かつ承諾無しで行ったことの有効性が争われた東京地裁令和2年6月2日判決(以下「本件判決」といいます。)では,以下のように判断しました。
まず,細則における楽器の演奏禁止の条項設定は,必ずしも規約で行うことが法律上求められていません。そのため,細則で演奏禁止を設定したこと,これを過半数決議で行ったことは,区分31条1項前段に違反しないとしました。
一般的に,楽器の演奏時間の制限などは使用細則で設定されることが多く,この点では常識的な判断といえましょう。
では,使用細則の設定は規約の変更等ではないのだから,特別の影響を受ける者の承諾も不要でしょうか。
この点では,裁判所は,たとえ使用細則であったとしても,区分31条1項後段を類推適用して,利害の調査性を図るべきだと判断しました(最高裁平成10年10月30日第二小法廷判決・ 民集52巻7号1604頁参照)。
特別の影響があったか
特別の影響があるかどうかは,個々の事案によって異なってきます。
まず,ルールを設定する必要性は,マンションごとに違うでしょう。一般的に,騒音を生じかねない楽器の演奏時間についてなんらかの制限を設けることは,必要性が認められやすいでしょう。
次にルールの合理性ですが,一般的な演奏時間を十分確保したものであれば,合理的であると認められる場合もあるでしょう。
しかし,この点こそまさにマンションごとに千差万別なのです。
本件判決では,マンション自体がコーポラティブマンション(入居者が組合を作って,自分たちの要望に添ったマンションを建築するもの)であり,遮音性や防音性能にこだわって,演奏が自由に出来ることを前提に設計施工されたものでした。そうした事情から,竣工当初から楽器の演奏が容認されていました。また,竣工後も,騒音の苦情がでるたびに多額の費用をかけて追加の防音工事を行っていました。
また,夜8時までの演奏とすると,一般的な社会人は家に帰るまでに8時を過ぎることもあるでしょうから,必ずしも演奏する人に配慮した時間設定とは言えません。
そもそも,音量について考慮すること無く一律に演奏を禁止する内容でもあります。
こうしたことから,本件判決では,使用細則を設定した総会決議の合理性が否定されました。
さらに,本件判決では,原告がプロのピアニストであったこと,さらに趣味のフルートでもレッスンを受けていたこと,当初は自由に演奏できていたこと,防音工事に多額の費用をかけたこと,などを指摘して,演奏を制限されることの不利益が大きいと判断しました。
結論として,本件判決では,「特別の影響を及ぼすべきとき」にあたるとし,原告の承認を得ていない総会決議は無効であるとしました。
個別のマンションごとに検討することが重要
本件判決では,コーポラティブマンションであったこと,当初から自由に演奏できたこと,プロのピアニストであったことなど,様々な特別な事情がありました。なので,「演奏禁止の使用細則の設定がいつでも特別の影響を及ぼすべきとき」にあたる」というわけではありません。
特別の影響を受けるかどうかは,マンションの個別事情,ルールの規定ぶりなど具体的な事実を検討して判断する必要があります。
工事業者が破産した!工事完了していないのに報酬を支払う必要があるの?違約金で相殺できないか?弁護士が解説

このコラムのまとめ
- 請負工事の契約は、仕事が未完成であれば代金を払う必要は無い。
- 複数の請負契約のうち、完成した工事と未完成の工事がある場合、破産管財人から完成した工事の代金を請求されても、「前に生じた原因」であれば、未完成の請負契約に規定していた違約金債権と相殺することができる。
- ただし、全く無関係の契約でも相殺できるのかは疑義が残る。
工事が業者の破産でストップしたら
あなたが自宅の新築工事を工事業者にお願いしていたとしましょう。
ある程度までは工事が進んだのですが、その家が完成する前に、工事業者が破産してしまいました。
この場合、当然ですがとても困った状況になります。
ひとつには、単純に工事が未完成のままになってしまう、家ができあがらないという問題ですね。
もう一つは、工事代金を支払う必要があるかという問題です。
工事が未完成なら工事代金は払わなくてよい
まず、こうした建築工事は請負契約ですが、請負契約は工事が完成して引渡しをしないと報酬債権が発生しません(民632,633,624①)。
なので、未完成であれば、工事代金は払わなくてよいのです。
未完成の工事の違約金で、完成済の工事代金と相殺できる?
また、例えばあなたが分譲業者で複数の建物の建築工事を発注していた場合、例えば4つの新築工事を発注していたけれど、一つしか工事が完成していない状況で工事業者が破産したとします。
その場合、基本的には、4つの請負契約があることになります。
そのうち一つは完成しているので、工事代金を支払う必要があります。
そして、ほかの3つの契約については工事が完成していないので、代金は支払い不要です。
さて、上記の場合に、破産した工事業者の破産管財人から、あなたは完成した工事の代金を請求されたとしましょう。
これは支払わざるを得ません。
一方で、未完成の工事の請負契約に、仕事が完成しなかった場合の違約金が規定されていたとしましょう。
この場合に、未完成の工事の契約に基づく違約金と、完成した工事の代金とを相殺することはできるでしょうか。
このことが争われたのが、最高裁令和2年9月8日判決です。
破産法では、支払停止があったことを知る前に生じた原因なら相殺できる
この事件は、相殺できるかという点に、破産法の規定が絡んできます。
すなわち、破産法では、「支払の停止があったことを破産者に対して債務を負担する者が知った時より前に生じた原因」に基づく場合には、相殺が認められます(破産法72②(2))。
単純に本件をみると、工事業者が支払停止(大雑把に言えば、支払や履行ができなくなって事実上活動がストップすることです)よりも前に、未完成で終わった工事契約は締結されていますので、「前に生じた原因」に基づくとして相殺できそうですね。
「前に生じた原因」と言えるには、請求を求められている債権と同じ契約から発生している必要があるのか?
ところで、元々工事契約は4つありました。そのうち一つの契約分だけが完成して代金が発生しています。他は未完成の契約です。
ここで、違約金債権は、この未完成の契約から発生しています。つまり、代金が発生している契約は(完成しているので当然)違約金は発生していませんね。
このように、管財人が請求してきた代金債権の発生した請負契約と別の契約から発生した違約金債権であっても、「前に生じた原因」に基づくとして相殺ができるのでしょうか。
それとも、前に生じた原因」と言えるには、請求を求められている債権と同じ契約から発生している必要があるのでしょうか。
最高裁は、相殺を認めた
素直に条文を読めば、相殺が同じ債権から発生している必要がある、などとは書いていません(民505①)。
ところが、破産などの危急時には、相殺するのに牽連性(相殺に使う債権が同じ契約関係から生じていること)が必要とする学説が有力だったのです。この考え自体は、金融機関など相殺できる債権を予め用意できる強い立場の債権者によって先んじて債権回収が行われること、そのことによって一般の債権者が比べると不利益を被ることに対応したものであって、説得力のあるものです。
裁判でも、一審判決は相殺を認めましたが、高裁判決は、同一の債権から生じていないので相殺の期待が合理的では無いとして「前に生じた原因」にあたらないと判断し、相殺を認めませんでした。
最高裁はまず、以下のように過去の判例最高裁平成26年6月5日判決)を引用して、破産法72②(2)の「前に生じた原因」に該当する場合は「相殺の担保的機能に対するその者の期待は合理的」であって破産手続の趣旨に反しないと判断しました。
そして、「各未完成契約に共通して定められている本件条項は」「破産会社が支払停止に陥った際には」違約金との相殺によって「一括して清算することを予定していたものと言うことができる」と認定し、「同一の請負契約に基づいて発生したものであるか否かにかかわらず、本件各違約金債権をもってする相殺の担保的機能に対して合理的な期待を有していた」とし、破産手続の趣旨に反するものでは無いと判示しました。
つまり、別の債権から発生していても、相殺は可能なのです。
相殺の原則に立ち返れば、相殺に制限は無い
元々、条文には、同一の契約から生じなければならないという規定はありません。
ですから、相殺の原則に立ち返れば、危急時であっても相殺に牽連性という制限は無いはずです。
その点では、最高裁は条文を素直に適用してものといえます。
とはいえ、最高裁も、複数の契約だが一括しての処理を予定していたと認定していますので、全く無関係の契約でも同じように相殺ができるのかはやや疑問が残ります。
つまり、全く無関係の契約から生じた違約金債権による相殺は、相殺権濫用として認められない可能性もあるでしょう。
交通事故で賠償金の分割払いはできる?弁護士が解説

このコラムのまとめ
- 交通事故の賠償金は一括払いが基本。
- 後遺障害逸失利益の事案で、被害者が求めた場合、場合によっては定期金賠償が認められる。
- 加害者が分割払いを求めることは原則としてできないが、場合によっては認められる。
- 分割払い中に被害者が死亡しても、決められた分は支払わなければならない。
賠償金はどうやって払う?
交通事故で相手にケガをさせたり、車を壊したりした場合に、あなやは賠償金を払うことになるでしょう。
その時、普通は無制限の任意保険に入っているでしょうから、決まった賠償金が高くて払えないということはあまりないでしょう。
そして、交通事故の賠償金は、普通、一括で支払わなければなりません。
仮に何千万円もの賠償を命じられたら、一括で払うのことは困難でしょう。そのためにも自動車保険(任意保険)は必ず加入した方がいいですね。
分割払いできるか?
この賠償金を分割払いすることはできるでしょうか。
被害者とその内容で示談できれば可能ですが、判決で一括払いを命じられたら、これを分割で払うことはできません。
では、被害者(原告)は判決で分割払いを求めることは可能でしょうか。
ここで、被害者が重い後遺障害を負った事件で、後遺障害による逸失利益について分割払い判決(定期金賠償といいます)ができるかが争われた事案が参考になります(最1 小判令和2・7・9 民集74 巻4 号1204 頁)。
定期金賠償制度は、変更判決制度(民訴法117条)と相まって、長い期間に渡って被害が続いて、状況が変化する可能性がある事件では、状態が悪化するにせよよくなるにせよ、それに対応して賠償額を変更できる可能性があります。
重い後遺障害によって働けなくなったことの賠償である逸失利益の場合は、特に被害者が若い場合にはよりよくなる可能性だってあるので、定期金賠償を認めることは公平であると考えられます。
この判例は、
- 原告が定期金賠償を求める旨の申し立てをしていること
- 不法行為に基づく損害賠償制度の目的及び理念に照らして相当と認められること
の二つの条件を満たせば、後遺障害逸失利益の分割払い判決(定期金賠償)は可能であると判断しました。
この裁判では、被害者が事故当時まだ4歳であった(つまりこの後長く生きる可能性がある)こと、高次脳機能障害という重い後遺症であったことから、二つ目の要件である「相当性」が認められるとして分割払い判決(定期金賠償)を認めました。
加害者(被告)が分割払いを要求できるのか
ところで、加害者の方が分割払いを求めることはできるのでしょうか。
東京高判平成15・7・29 は、将来の介護費用につき、原告が一時金賠償を求めたにもかかわらず、被告の主張した定期金賠償を採用しました。
場合によっては、裁判所が認めてくれることもあるでしょう。
分割払いをしてるうちに被害者がお亡くなりになったら、逸失利益はもう払わなくて良いの?
後遺障害による逸失利益は、就労可能期間(67歳まで)に得られたであろう収入を労働能力を喪失した割合を考慮して決められます。
そして、定期金賠償というのは、原則的に被害者が死亡したときに打ち切られるのが原則の制度です。
では、分割払いをしている途中で被害者が死亡した場合は、そこで逸失利益の支払は終わるのでしょうか。
例えば介護費用などは、死亡時点で支払は終わると考えられています。
この判例(最1 小判令和2・7・9 民集74 巻4 号1204 頁)では後遺障害による逸失利益の支払が終了するかが争われました。
最高裁は、特段の事情が無い限り、就労可能期間の終期よりも前に死亡しても、支払は継続しなければならないと判断しました。
最高裁判所は、定期金賠償制度の性質論よりも、交通事故による重傷者と死亡者とのバランスを重視しました。
残された問題
分割払い判決ができるかは、未だ全部の場合に可能と判断されてはいません。
この判例では後遺障害逸失利益の賠償を分割支払にできるかが争われましたが、例えば、被害者が死亡した場合の逸失利益に対して定期金賠償ができるのかは、未だ最高裁判所は判断していません。
例えば、一家の大黒柱が死亡した場合には、状況によって、一括払いしてもらわないと困る事案があるかと思います(子の進学費用が重なったりと、大きな出費が一度に生じることなど)。
そもそも、死亡した場合には将来の状況の変化がありえないため、定期金賠償にするメリットがありません。
私見としては、死亡逸失利益の場合は一括払いがふさわしいと考えます。
ADRでも時効をストップ!住宅紛争審査会がさらに便利に!弁護士が解説

このコラムの要約
住宅に関する紛争を解決する手段としてADRである住宅紛争審査会があります。
手軽に利用できるこの制度ですが、令和3年の改正で、①住宅紛争手続でも時効の完成猶予効が付与されます。
また、②対象が拡大され、住宅リフォームやマンションの大規模修繕の瑕疵保険も対象となります。
より選択しやすい制度となったADR、住宅紛争審査会のご利用については、お近くの弁護士会にご相談ください。
住宅トラブルの解決に手軽なADR
建築のミスや代金を巡るトラブルなど、住宅に関する紛争は数多く発生しています。
トラブルを解決するための最終手段は裁判です。しかし、それよりも簡単に、「ちゃんとした人のちゃんとした意見」を聞ければお互い納得できることがありますよね。
そうした要請に応える、裁判では無いけどもトラブルを解決するための手続、ADRが近年充実しています。
各弁護士会が運営している住宅紛争審査会も、住宅紛争を解決する代表的なADRで、比較的活発に利用されている手続です。
消滅時効が止まらない!ADRの問題
以前から、住宅紛争審査会によるあっせんや調停の手続では、消滅時効が問題となっていました。
欠陥住宅による損害も権利である以上、いつかは消滅時効が完成して、請求できなくなってしまいます。
時効の進行を止めるには、訴訟の提起、裁判所に訴えることが必要です。一旦提訴すれば、時効の進行は止まり(民法147条1項)、判決なりで最終的に解決されることになります。
一方、ADRである住宅紛争審査会の手続は裁判と同じような機能を果たすのですが、住宅紛争審査会にあっせんや調停を申し立てても消滅時効の進行は止まりませんでした。
そのため、時効の完成間近の事件では、ADRを利用することができず、はじめから訴訟を選択したり、手続途中に時効がせまってきた場合は別途時効完成猶予の合意を取り付けたりせざるを得ませんでした。
住紛でも消滅時効がストップするように!
こうした不便を解決するため、令和3年5月28日に住宅品確法および住宅瑕疵担保履行法が改正され、住宅紛争手続においても時効をストップする効果(完成猶予効)が発生するようになりました。
具体的には、住宅紛争審査会への手続開始時に時効が完成していなければ、その手続が解決の見込みなしとして不成立におわった後1か月以内に裁判所に提訴すれば、ADRの手続申請時に訴えの提起があったとみなされるため、時効完成後の提訴でも消滅時効に関わらないようになりました(ざっくり書いたので、より詳細な規定は品確法73条の2、保険付き新築住宅に関する住宅瑕疵担保履行法第33条2項を参照)。
この改正の施行日は令和3年9月30日です。すでに係属中の事件にも適用されます(改正法付則第3条、第4条)。
ただし,時効の完成猶予効が生じる範囲について,ADRの目的となった請求内容と,訴訟上の請求が同一なのかどうかで問題が生じることもあるでしょう(請求の特定)。同一なのかどうかは裁判所が事案ごとに判断することになります。
住宅リフォームも対象!
また、今まで対象では無かった住宅リフォーム(瑕疵保険)やマンションの大規模修繕(瑕疵保険)、既存住宅瑕疵保険も対象になりました。
ADRの利用は各瑕疵保険への加入が条件となりますが、いずれも工事発注時に業者に加入を求めることで解消が見込まれます。
住宅紛争処理手続のために4月以内の期間で訴訟手続を中断することが可能に
すでに訴訟で争っている事案でも,当事者双方が共同で申し立てれば,裁判所は訴訟を一時中断して住宅紛争処理手続に委ねることができるようになりました(品確法73条の3)。その期間は4か月以内です。
これによって,既に訴訟になっていても紛争処理手続が使えることになり,より柔軟な解決ができるようになります。
この記事は、掲載時点の法律関係を前提として記載されています。法改正などにより、解釈適用に変更が生じる可能性がありますのでご注意ください。
老朽化マンションを建て替えろ!政府が建替えに必要な要件緩和を検討!でも実は敷地売却が重要!?弁護士が解説

マンションの建替えは難しい
地震を筆頭に、災害の多い我が国日本。そのため建物の強靱化は極めて重要な課題です。
特に耐震性能の不足するマンションは、これまでずっと建替えの必要性が叫ばれてきました。
しかし、マンションの区分所有という特殊性が、建替えを阻んできた歴史がありました。
マンションはみんなで所有しているので、みんなで決めなければならない
マンションはその特徴として、建物を住民みんなで所有しています。
詳しく言うと、各部屋(「専有部分」といいます)はそれぞれの持ち物ですが、廊下やエレベーターなどみんなで使う部分(「共用部分」といいます)はみんなで所有しています。
共用部分を含む建替工事は、基本的には全員一致で決めなければなりません。
しかしそれではあまりに面倒なので、区分所有法は総区分所有者の5分の4の賛成で建て替えられるとし、要件を緩和しています。
なお、建替えをあきらめて敷地ごと売り払って分配しようとすると、民法の原則に戻って、全員一致でないとできません。なお,耐震性がない,あるいは外壁等の剥落により危害が生じる恐れのあるマンションは要除却認定対象となって5分の4での合意に緩和されています。
建替えの賛成数が緩和されたとはいえ、5分の4の賛成を得るのは簡単ではないです。要除却認定されてもやはり5分の4の賛成が必要です。
そのため、多くの建替えるべきマンションにおいて、住民間で建替えの機運が高まっても、あえなく頓挫してきました。
マンションのスラム化
近年、建物の老朽化にともない、マンションの所有者が不在となっている場合があります。
住民全員で所有しているというマンションの特性上、建物の管理およびその費用は区分所有者が負担します。
ですので、人がいなくなる(区分所有者自身はどこかに存在しているのですが、管理に参加したり管理費を支払わなかったりする状態です)ことは、マンションの管理状態に悪影響を与えます。
人がいなくなると、管理費が足りなくなったり、管理組合が運営できなくなったりして、建物のメンテナンスが滞り、悪化した住環境を嫌ってさらに住民が離れます。
こうしてマンションのスラム化が進行してしまいます。
さらに、相続が発生して、現在の所有者が誰なのか分からないこともあります。
このようなスラムマンションは、客観的には建替えの必要性は高いのですが、建替えの同意は取れるでしょうか。建替えに対する元々厳しい5分の4以上の賛成数が、不在者がいることでさらにクリアが厳しくなります。
スラム化によって、事態の解決がどんどん遠くなっていますね。
賛成数を4分の3に引き下げ
こうした状況に鑑み、政府はマンション建替えの賛成要件を4分の3に引き下げる方向で検討しているとの報道がありました。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA112K70R11C21A1000000/?n_cid=NMAIL007_20211210_A&unlock=1
これにより、主に賛成要件で滞っていた建替手続が促進されることになると思います。
問題は建替資金
実は、賛成要件を多少引き下げても、いまだ建替えの最も大きな障害が残っています。
それは、建替えの資金です。
マンションの建替えは、あたらしい建物を建てるのですから、当然に莫大な建築費がかかります。
建築費を住民全員で負担するとしても、要するに新築マンションを買うようなものですので、何千万ものあらたな出費(場合によっては住宅ローンを組む必要があるでしょう)をしなければなりません。建替えには簡単に賛成できないのです。
では今までの建替えはどうやって資金を賄っていたかというと、建物を今までよりも大きく建て替えて、新しくできた部屋(「余剰床」と言われています)を販売することで、従前からの区分所有者の立替費用を賄ったり、低く抑えたりしてきたのがほとんどです。
これは、建物の建築条件(建ぺい率や容積率など)が竣工当時よりも緩和され、より高い建物、広い建物が建てられるマンションの建替えであることが前提条件になります。
こうしたマンションであれば、従来の区分所有者は、究極的にはタダで新しいマンションに住み替えられるわけですから、住民はみんな建替えに賛成します。
今までデベロッパーが行ってきた建替えはこうした比較的「イージー」な案件でした。
しかし、建て替えても余剰床がほとんどない、あるいは全く無い、さらには耐震性能を確保するために部屋が今までより小さくなるといった「ハード」な案件は建替えがすすまずに残されてしまっているわけです。
敷地売却が出口になるかも
今回、政府は敷地売却についても4分の3の賛成で可能とする方向で改正しようとしているようです。
敷地売却は、従来、全員一致でないとできなかったことです。
上記の建替資金の問題がクリアできないならば、危険な建物が存在することを解決するには、建物を取り壊して敷地を売却するしかありません。
今回、政府が敷地売却の要件を緩和してきましたが、私はこちらが本命なのではないかと思います。
さらに、不明者を賛否のカウントからはずすことも検討しているようですので、敷地売却はかなりやりやすくなる可能性があります(ただし、不明者については改正されない可能性もあるでしょう)。
ご自身の所有するマンションの行く末を案じておられる方は、ぜひ法改正の動向を注目してください。
この記事は、掲載時点の法律関係を前提として記載されています。法改正などにより、解釈適用に変更が生じる可能性がありますのでご注意ください。
マンション管理の適正化!令和2年改正法を弁護士が解説

このコラムのまとめ
- 1 マンション管理適正化法が令和2年に改正され,令和4年4月1日から施行されます。
- 2 マンション管理適正化推進計画制度ができました。
- 3 管理計画認定制度ができました。
- 4 市区等がマンション管理組合に助言・指導・勧告できるようになりました。
マンションの老朽化を防げ!マンション管理適正化法が改正
戦後,マンションが特に都市部の主要な居住空間として発達してきました。
一方,竣工後40年を超えるマンションも,現在既に100万戸以上あることが分かっており,これはマンションストック総数の実に15%を占めています。
これらの高経年マンションは,外壁や躯体に多くの問題を生じやすい一方,住民の高齢化が進んで管理が行き届かないという悪循環にあります。
こうした高経年マンションの管理を良くするため,マンション管理適正化法が令和2年に改正され,令和4年4月1日から施行されます。
管理適正化推進計画
まず,市区等は,国の定めたマンション管理適正化指針に基づいて,マンション管理適正化推進計画を定めることができることになりました。これは地域独自の事情を汲んだものとすることができます。
マンションの管理計画認定制度
次に,推進計画を定めた地方公共団体は,一定の基準を満たすマンションの管理計画を認定することができます。
個々のマンション管理組合が自治体に管理計画の認定を申請し,これが通れば,管理の優良なマンションとしてお墨付きを得ることができます。具体的メリットとしても,リフォーム融資で金利の引き下げ措置を行うことが検討されています(フラット35)。
管理の適正化のために市区等が助言・指導・勧告することに
また,自治体は,マンション管理の適正化のために助言・指導し,不適切管理に対しては勧告を出せることとなりました。
例えば,総会が開催されていない,管理者等が定められていない,管理規約が存在しない,管理費と修繕積立金の分別管理ができていない,そもそも修繕積立金がないなどの場合が対象に考えられます。
ご自身の所有するマンションの管理に頭を悩まされておられる方は多いでしょう。今回の改正は,適正な管理に対してインセンティブを与え,かつ不適切管理を厳しく扱うものです。今改正を適正管理へのきっかけとして頂ければと思います。
気になる点がありましたら,ぜひお気軽にご相談ください。
この記事は、掲載時点の法律関係を前提として記載されています。法改正などにより、解釈適用に変更が生じる可能性がありますのでご注意ください。
交通事故の逸失利益、減収がなくてももらえるの?弁護士が解説

この記事のまとめ
交通事故で身体にダメージを負っても、実際に収入が減らなければ逸失利益がもらえないのが原則です。
ですが、自分の特別な努力で減収を防いだなら、それを具体的にアピールすることで裁判所が逸失利益を認めることがあります。
がんばって働いたら収入が減らなかった!
交通事故で身体に被害を受けると、おもうように働けなくなることがあります。
その結果、収入が減ることもあります。
このような事故が無ければ得られた利益を「逸失利益」といいます。
当然逸失利益も交通事故の損害なので、加害者に請求したいところです。
ところが、身体がつらくても頑張って働いた人の中には、収入が減らなかった人もいるでしょう。
この場合にも、逸失利益はあるのでしょうか。
裁判所は差額を払うべきと考えている
後遺症によって収入が減る逸失利益については、二つの考え方があります。
ひとつは、働く能力自体が損なわれたのであるから、喪われた労働能力自体が損害であるという考え方です(労働能力喪失説)。
自賠責保険の後遺障害等級はこの考え方を基にしています。
後遺障害等級は、実際に減収が発生している場合には、裁判所はこれをベースに損害を認定します。
しかし、裁判所は基本的には、あるべき収入と現実収入との差額を損害とみています(差額説)。
ですので、等級認定があったとしても、実際に収入減少しなかった場合には逸失利益を認めないのが原則となっています(最判昭和42年11月10日民集21巻9号2352頁)。
一方、仮に収入が減らなくても、特別の努力をしたことによって収入が減らなかった場合や、昇級や転職に不利益が生じるおそれがある場合などの特段の事情がある場合には逸失利益を認めるとの判断をしました(最判昭和56年12月22日民集35巻9号1350頁)。
どんな場合に逸失利益が認められるの?
では、上記の「特段の事情」とはどのような場合でしょうか。
今までの裁判例では主に以下のような場合に特段の事情が認められました。
(東麗子「減収が無い場合の逸失利益算定の認定傾向について」交通事故相談ニュース47号2頁参照)
・昇進や昇給に不利益が生じるおそれ
・具体的な業務への支障
・転職
・本人の努力(具体的に)
・周囲の助力
このほかにも事案に応じた要素が検討されますので、これに限らないでしょう。
どのくらいの額が認められるの?
特段の事情が認められれば、後遺障害認定どおりの逸失利益が認められる場合もあれば、それより減額して認める裁判例も多いようです。
頑張りをみとめてもらおう
このように、実際には収入が減少していなくても、その努力を裁判所が認めてくれる場合があるのです。
交通事故の逸失利益がとれないとあきらめないで、自分や周囲の努力、将来への不安などをアピールしましょう。
この記事は、掲載時点の法律関係を前提として記載されています。法改正などにより、解釈適用に変更が生じる可能性がありますのでご注意ください。
これは誰が飲んだ酒だ!?接待交際費?個人の飲食?弁護士が解説

このコラムのまとめ
ホステスがいる店に行った費用を接待交際費として計上し、税務署に否認された事案です。
納税者は、毎回ボトルを空けるなど酒を飲む量が一人分では無いから、複数人での利用であって接待であると主張しました。
これに対して裁判所は、ホステスだって飲むんだから、一人で行ってもボトルは空くでしょ、と判断しました。
お客さんと接待で行く店です
現在、新型コロナウィルスの影響で下火ですが、昔からお客さんをもてなす「接待」は営業活動として行われてきました。
ちょっと昭和のイメージですが、いわゆるスナックやクラブなどの夜のお店に行ってもてなすヤツですね。
接待は営業活動ですので、その飲食費は税務上、接待交際費=経費として計上できるはずのものです。
裁判所が接待交際費を認めてくれない!
しかし、税務署はなんでもかんでも接待交際費を認めはしません。
ある会社が、接待交際費を計上して税務申告したところ、税務調査によって個人的な飲食では無いかと指摘された事案がありました(東京地方裁判所令和2年3月26日 平成30年(行ウ)第112号他)。
この事案は、税務署の指摘を認めてすでに修正申告していたり、事案としては複雑な点がありますが、ここでは単純に一つの論点だけで考えてみます。
この酒量は大人数!なら接待でしょ?
この事件は、いわゆるホステスが接待するクラブを利用した料金を接待交際費として計上していたのですが、板橋税務署長(処分行政庁)は,納税者は取引先等を接待した事実がないにもかかわらず,これを交際費として総勘定元帳に記載していたとして、重加算税の各賦課決定処分をしました。
これに対し納税者は,以下のようなおもしろい主張をして,個人の飲食費では無く複数人での飲食であった,すなわち接待だと主張しました。
「Aは,本件各クラブを利用する都度,毎回のようにウイスキーやブランデーのボトルを注文していた。本件各クラブにはボトルキープの制度があるため、新たなボトルを注文するということは,前回注文したボトルを飲み干しているということを意味する。Aが1人で本件各クラブを利用していたのであれば,毎回ボトル1本分という大量のアルコールを摂取していたことになり,その健康を害した蓋然性が高いというべきであるが,現実には健康を害していない。このことは,Aが本件各クラブを複数人で利用していたこと,すなわち接待等の目的で本件各クラブを利用していたことの証左である。」
(東京地方裁判所 令和 2年 3月26日 平成30年(行ウ)第112号他)
要するに、「毎回じゃんじゃんボトルを入れてたけど、こんなの一人では飲めないでしょ。大人数で飲んだってことだから、これは接待だよね?」というなかなかの論理です。
ホステスも飲みますよね?
これに対して,裁判所は以下のように判断し,認めませんでした。
「本件各支出額は,その全てがAの個人的な飲食代金であったと認めるのが相当である(なお,上記のとおり,本件各支出額にはAが複数人でクラブを利用したものも一部含まれているが,その割合はごく僅かなものである上,これら複数人の利用について原告らの事業関係者に対する接待等であると認めるに足りる証拠もなく,上記に認定した事情も考慮すると,本件各支出額の全てにつきAの個人的な飲食代金であったと認めるのが相当である。)。
本件各クラブのような接待飲食店では,客が注文したボトルのウイスキー等をホステスが客の許可を得て飲むことがあり,Aも本人尋問においてそのようなことがあったと認めていることに照らせば,原告らの上記主張はその前提を欠くものである。」
つまり,ボトル全部を一人で飲めば健康を害するけども,そうならなかったのだから複数人で飲んだ,という主張に対して,ホステスにも飲ませるのだから,お客が複数人とはかぎらない,と判断したわけです。
裁判官が、こういうお店のシステムを分かった上で判断したもので,裁判官もそういう経験があったのかなぁなんて思うとなかなか趣深いですね。
令和3年プロバイダ責任制限法の改正!迅速なSNS投稿の削除ができるように!弁護士が解説

このコラムの要約
令和3年にプロバイダ責任制限法が改正され、①今まで2回の裁判手続が必要だった発信者の情報開示を1回の手続でできるようになりました。また、②該当するか疑義があったSNSへの情報開示が明確に適用可能になりました。
きっかけ
契機は2020年5月23日のプロレスラー木村花氏が死去したことでした。
いわゆるレアリティ番組への出演により、木村氏はSNS上で常軌を逸した誹謗中傷を受けていました。
事件を受けて国会での改正作業が活発化し、2021年2月、プロバイダ責任制限法の改正法が同年4月21日に成立しました。
削除するのに手間が掛かりすぎる!
SNSなどによる誹謗中傷の投稿を消し、発言者に損害賠償請求をするにあたって、今までは以下のような問題がありました。
違法な書き込みがあった場合、これまでは、①まずその書き込みなどを掲載している運営者(コンテンツプロバイダ)にIPアドレスなどの発信者情報開示仮処分を行い、②これを基にして経由した通信会社(アクセスプロバイダ)に契約者の氏名住所等の開示を請求する訴訟をするという、2段階の手間が必要でした。
さらに、最終的には、特定した侵害者に対して損害賠償請求訴訟を提起するという三段階目の手間が必要になります(この点は改正後も変わりません)。
発信者情報開示専用の新たな裁判手続ができた
そこで、改正法では、発信者情報開示命令事件に関する裁判手続という非訟手続を新設しました。
新しい手続は、コンテンツプロバイダへの手続とアクセスプロバイダへの手続を合体して1回の非訟事件で発信者を特定できるのが特徴です。
そもそも、アクセスログなどは3か月から半年で消失してしまうので、1回の手続で素早く終わることも大変重要な点です。
この手続で発せられる命令は、発信者情報開示命令(改正法8条)、提供命令(15条)、消去禁止命令(16条)があります。
ログイン型サービスへの対応
また、プロバイダ責任制限法は、制定当時の主流であった掲示板などを想定していました。
一方、現在はSNSなどのログイン型サービスによる権利侵害投稿が問題になることが多いです。
しかし、ログイン型サービスの発信者情報がプロバイダ責任制限法で対象とされるのか、などに疑義が生じたため、これを解消するよう法改正が行われました。
具体的には、ログイン時情報などを侵害関連通信(5条3項)と定めて、発信者情報の開示請求を認めるようにしました。
また、侵害関連通信に関わる発信者情報を特定発信者情報(5条1項1号ないし3号)と定めて、コンテンツプロバイダにこの開示を求める請求権を認めました。
さらに、アクセスプロバイダに対しても、ログイン時情報の開示請求を認めるため、開示関係役務提供者(5条2項)の範囲を拡大しました。
今後の利用が期待される
これらの改正法は少なくとも2022年以降に施行されます。
1回の手続で迅速に情報開示がされること、SNSなどログイン型サービスに対しても効力を及ぼすことが明確になりました。
新しい手続によって、迅速な削除や損害賠償請求ができるようになって、今後の権利救済に資することが期待されています。
この記事は、掲載時点の法律関係を前提として記載されています。法改正などにより、解釈適用に変更が生じる可能性がありますのでご注意ください。
重要事項説明が無ければ特約は無効?それとも有効?弁護士が解説

このコラムのまとめ
重要事項説明が無いと、特約など契約内容が無効になるのでしょうか。
賃貸借契約の有効性は、主に契約書の内容などによって判断され、仮に重要事項説明が欠けていても、直ちに賃貸借契約の内容が無効にはなりません。
あくまで契約書をチェックする努力が重要です。
重要事項説明って・・・無いとどうなる?
家を借りる時、仲介の不動産屋さんで契約内容の説明を受けますよね。
これは、宅地建物取引士による重要事項説明という手続です(宅建業法35条)。
宅地建物取引士は、一定の事項(宅建業法35条1項各号、ただしこれに限定されない)を契約時に説明する義務があります。
これに違反した場合、宅建業者に対する損害賠償請求などが考えられます。
重要事項説明が欠ければ、賃貸借契約が無効になるの?
一方で、重要事項説明がなければ、不動産の賃貸借契約や売買契約が成立しないのでしょうか。
この点について判断した、東京地方裁判所令和2年9月23日判決を見てみましょう。
この事件は、貸主が退去時のクリーニング特約に基づいて元借主にクリーニング代を請求したところ、元借主が、特約が宅建業者によって説明されていなかったので無効だと主張した事件です。
そもそもクリーニングはしなきゃダメなの?
まず前提として、退去時のクリーニングは、いわゆる通常損耗にあたり、本来は借主が原状回復する義務はありません。
そのため、賃貸借契約において、特約として、借主が退去時のクリーニングをすべきことが定められることが多いです。特約としてきちんと合意されていれば、基本的に有効です。
しかし、本件では、契約が郵送で行われたため、宅建業者による重要事項説明が(特約に限らず全て)行われなかった可能性が高いと裁判所が認定していました。
この場合に、クリーニング特約は有効なのでしょうか。
特約が合意になる条件
この点、特約として有効かどうかは、明確に合意しているかどうかにかかっています。
詳しく言うと、裁判所は以下のように判示しています。
「少なくとも,賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか,仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には,賃貸人が口頭により説明し,賃借人がその旨を明確に認識し,それを合意の内容としたものと認められるなど,その旨の特約が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である。」
(最高裁平成17年12月16日第二小法廷判決・裁判集民事218号1239ページ参照)
そして、裁判所は、以下のように説明して、本件では特約は明確に合意されていると判断しました。
「これを本件についてみるに,本件契約書においては,特約事項として,入居の期間,契約終了理由,貸室の汚損の程度及び汚損の原因の如何にかかわらず,貸室及び附属部分のハウスクリーニング費用(床,壁,天井,建具,水廻り及び設備機器等の清掃費用を含む。),並びにエアコンのクリーニング費用を,原告が全額負担することが明記されている。そして,その算出方法として,ハウスクリーニング費用については,貸室面積35平方メートル未満の場合には一律3万5000円(税別),貸室面積35平方メートル以上の場合には,貸室面積(単位:平方メートル 小数点以下四捨五入)×1000円(税別)となること,エアコンのクリーニング費用については,壁掛けエアコン1台あたり金10000円(税別)となることが,それぞれ明記されており,いずれの算出方法及び額も,一義的かつ明確である。
そうすると,本件においては,賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているといえ,その旨の特約が明確に合意されていると認められる。」
(東京地方裁判所令和2年9月23日判決)
まとめると、ハウスクリーニングとエアコンクリーニングについては、その範囲が明確に規定され、賃借人の負担とされていたこと、費用も計算が明確に可能なように規定されており明確であったことを理由として、この契約書に調印した賃借人は明確に特約に合意していたと認定しました。
重要事項説明が無ければ特約は無効?
では、重要事項説明が無かったことが、特約を無効にするでしょうか
裁判所は、重要事項説明が無かったからと言って、直ちに特約の明確な合意が無かったことにはならないと指摘しました。
そして、契約書において、特約が一義的に明確な内容で規定され、わざわざ枠で囲って見やすくしており、郵送でこれを受け取った賃借人は十分な時間をかけてチェックできたはずであるとして、特約は依然として有効であると判断しました。
つまり、重要事項説明が欠けていても、契約内容が直ちに無効にはならない、ということです。
重要事項説明が無いのは言語道断ですが、重要事項説明に頼り切ってはいけません。自分で契約内容を確認する努力が大事ですね。
自分では契約書の内容がよく分からないこともあると思います。その時は、弁護士など法律の専門家に相談してみましょう。
転ばぬ先の杖ですね。