1 事業承継が心配
先代から受け継いだ家業や,ご自身で創業なさった事業は,ご自身にとって,心情的にも,資産としても,他の何にも代えがたい価値があります。
自分が死んだ後,誰が事業承継するのかをあらかじめ決めることはできるでしょう。
そして,事業承継においては,株式や事業の基盤となる財産を,確実に後継者に渡すことが重要です。
しかし,日本の相続制度において,会社の権利を一人に集中させることは困難です。日本の相続法では,いわゆる均等分割であり,一人に遺産を集中させるものではありません。
仮に遺言で全てを後継者に相続させても,他の遺留分権者がいる場合には遺留分侵害額を請求される可能性があります。
このように,事業承継という点で,日本の相続法はそもそも難しい設計になっています。
2 跡継ぎがまだ修行中
また,跡継ぎが決まっていても,今すぐには事業をバトンタッチできないこともあります。
例えば,優秀な若い後継者がいても,まだ一人で経営を仕切るには経験が不足している場合などです。
このような場合の対策としては,しばらくはご自身で経営の中核を担い続けて,その間に跡継ぎに経営の経験を積んでもらうことが考えられます。
今すぐではないが,後継者には安定して事業の承継に取り組んでもらいたい場合,信託は重要な役割を果たすでしょう。
3 活用例
例えば,自社株を信託財産として,ご自身は委託者兼受益者となりつつ,指図権を残すことで引き続き経営しながら後継者を育てることができます。この場合,後継者は第二受益者などとしつつ,ご自身の死後は指図権を全部持たせることで事業を引き継ぐことができます。
一方で,他の相続人には遺留分に配慮した受益権を与えることで,相続の紛争を回避することができるでしょう。
このほかにも,信託を用いた事業承継には様々な場合が考えられますが,いずれも信託の柔軟性が活かされる場面になるでしょう。信託は,オーダーメイドのように個々の事情に応じて設計することができますし,そうしたカスタマイズが重要です。
4 ご相談は経験ある弁護士に
信託は,とても柔軟で強力なツールですが,万能ではありません。また,信託の設計,設定は簡単ではありません。そして,税務上の問題は常に考慮しなければなりません。
信託を利用する場合,信託の経験があり,なおかつ家族の抱える悩みに真摯に向き合って,知恵を絞る,そんな専門家である弁護士が求められます。ご自身の悩みが信託で解決できるか分からない,そんな方でもまずはご相談ください。一緒に解決策を考えましょう。
執筆:弁護士 田村裕樹 2021年7月時点の法令・解釈等に基づいています。