1 遺言ははやめに作る
相続のトラブルを事前に減じることができる遺言書の作成。後の世代のためにぜひ作っておいていただきたいですね。
遺言書は,はやめに作るべきです。理由は,加齢によって認知能力が低下し,遺言を作成する能力が失われる可能性があるからです。
2 遺言はいつでも変えられる
遺言をはやめに作ったら修正できなくて困る,そんな心配は要りません。
遺言はいつでも最新のものが有効になります。ですので,いつでも,自分の気持ちのままに書き直してよいのです。
そう考えると,ますます遺言ははやめに作るべきですよね。
3 認知症だと遺言できない?
先ほど,認知に問題が生じると遺言できなくなる可能性があることを言いました。
これを聞くと,「うちの親は認知症だからもう遺言できない」とお考えになる方もいるでしょう。
また,「要介護3だからダメだよね」などのご相談も多くお聞きします。
結論から言うと,認知症でも無効にならずに遺言できることもあります。
4 遺言するには遺言能力が必要
そもそも,遺言をするためには,その遺言という行為の内容を理解して行う能力が必要です。
これを遺言能力と言います。
民法では,取引を行うための判断能力である意思能力がなければ,行為が無効になるという原則があります。
遺言においても同様に,遺言するための能力として遺言能力が必要です。
人間,遺言をするような年齢になると,加齢とともに判断能力も落ちていきがちです。さらに,アルツハイマーなど認知症に罹患すると,およそ判断能力が無いと思われる状態にもなりかねません。
では,認知症になった親は遺言することができないのでしょうか。
5 遺言能力の有無の判断基準
遺言をした当時に遺言能力がなければ,その遺言は無効になります。なお,遺言した後に遺言能力を失っても,過去にした遺言が無効にはなりません。
遺言能力の有無は,「遺言時点における遺言者の精神上の障害の存否,内容及び程度,遺言内容の複雑性,遺言に至る動機・経緯その他の事情を総合的に考慮して,具体的事情に則して当該遺言をするに足りる能力があるか否かを判断すべき」と考えられています。
そして,医学的に認知症という診断がくだっていても,遺言能力が無いことにはなりません。軽度の認知障害であるとか,認知症であるとかの診断の違いによって左右されません。
重要なのは,まず,遺言の内容です。複雑な内容であればあるほど,その理解には高い知能が必要となります。一方,誰かに全部相続させるというような単純な内容であれば,多少認知症があっても理解できるでしょう。
東地令和2年10月8日判決は,認知症と診断され,いわゆる徘徊などの行為がみられた事案であっても,遺言者の病状や生活の様子,遺言内容が簡単であったこと,動機も十分肯定できるものであったこと(不合理ではなかった)から,遺言能力はあったとしました。
また,公正証書遺言を作成していた事案でもありました。
6 具体的な遺言書の作り方
認知症の方が遺言書を作る場合に,まず,主治医に対して,遺言者にどの程度の理解力があるかを説明してもらい,診断書として作成して記録にしておきましょう。
次に,遺言書の内容は,シンプルなものにすべきです。
自筆証書遺言は,遺言者の死亡後にその真正等が争われることが多々あります。こうしたトラブルを軽減するため,法務局で自筆証書遺言を保管する制度が開始しました。
しかし,後に争点となることを防止するためには,やはり公正証書遺言を作成しておきたいです。
執筆:弁護士 田村裕樹 2022年11月時点の法令・解釈等に基づいています。