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見せ消しでお得感を演出!ネットショップの「参考価格」が実は定価より高かった!?割安とかんちがいさせたのは違法?悪いのは誰?弁護士が解説
- ネットショップに「参考価格」が表示されている場合,消費者はこれを基に安いかどうかを判断していることがある。
- この参考価格が定価より高かった場合,実際には割高でも安いと勘違いしてしまう可能性がある。
- 裁判所は,定価よりも高い参考価格を表示した大手プラットフォーマーに対して景表法違反の措置命令を下した(東京地判令和元年11月15日)。
- 買主としては,少し手間でもほかのサイトも巡回して相場を判断する努力をするべき。
ネットショッピングは安い?どうやって判断するか
最近はなんでもかんでも通販で買っちゃう人が増えてます。
特にネットショッピングはお手軽ですし。
実店舗が無い分,安い値段で売っていることも多いです。
裏返せば,目で見て手で触って確認できないというデメリットもあります。
そんな安さが魅力の通販サイトですが,みなさんは何をもって「安い」と判断しますか?
その商品の定価が分からなければ,値段が安いか高いかは相場で判断するしか無いです。
参考価格ってなんだろう?
相場を知る方法は,ほかの店の値付けをたくさん見比べることです。
けどこれって,面倒ですよね。通販はお手軽さも魅力のはずです
そんなとき,「参考価格」が表示されているサイトがあります。これをまさに「参考」にして安い高いを判断している人も多いのではないでしょうか。
この参考価格は,販売価格とは違います。普通は,参考価格が2000円のところ,販売価格は1500円のように,値引きをアピールするものです。
この参考価格のように,実際の販売価格とは異なる価格を表示することを景品表示法の世界では「二重価格表示」と言います。そのまんまですね。
この参考価格の値段が正しければいいのですけども,間違った値段を表示したら,本当は高い値付けなのに,安いと勘違いしてしまいかねません。そうしたズルを景表法は規制しています。
そこで,「参考価格」が実際より高いのかどうかが問題になります。
プラットフォーマーが責任を負うのか?
この点が問題となった裁判例として,東京地方裁判所平成30年(行ウ)第30号 令和元年11月15日民事第38部判決があります。
この裁判は,代表的な通販サイトAmazonが,Amazon内で参考価格を表示していたページについて,不当な表示(景表法5条2号の有利誤認表示)であるとして国から景表法違反の措置命令を受けたため,この取り消しを求めた事案です。
この事案では,サイトに表示されていた参考価格は,いわゆる希望小売価格よりも40%も高いものでした。
まず,問題となったのは,Amazonがその表示をしたのか,それともAmazonを利用している販売業者なのか,です。
最終的に参考価格がいくらなのかを決定して入力したのは販売業者のようでした。
しかし,そもそも参考価格が表示できるように設計したのはAmazonであり,参考価格をサイトに表示しているのはAmazonです(価格の決定権と表示しているのが誰かは別の話)。
なので,表示したのはAmazonであると裁判所は判断しました。
次に,参考価格が定価よりも高い点については,Amazonはアンケートを取るなどして,消費者の行動として結果に差がない,などの多くの主張をしました。しかし裁判所は,調査方法の不備を冷静に指摘して排斥しました。
鵜呑みにせずほかも調べてから買おう
この裁判例は,一般消費者に悪影響が大きい参考価格のギャップについて,その責任を通販のプラットフォーマーに負わせたものです。
プラットフォーマーは,極めて大きな権限を自社通販サイトで行使しており,責任を負うのは仕方ないと思えます。
正直,値付けがおかしい販売ページ(PS5とか)はAmazonに限らずいっぱいありますが,安く見せかけるのはダメですよね。
消費者としても,1つの販売サイトだけでなく,少しの手間はかかるけど,その商品の相場をネット検索するくらいはして,自衛に努めるべきかと思います。
この記事は、掲載時点の法律関係を前提として記載されています。法改正などにより、解釈適用に変更が生じる可能性がありますのでご注意ください。
これはピサの斜塔か・・・?!めっちゃ傾いている建物を買ってしまった!弁護士が解説
このコラムのまとめ
- 中古住宅の購入において,建物自体に明らかな傾斜があった場合に,それが隠れた瑕疵にあたるのか。
- 内見したときに分かるのでは無いか。また,重要事項説明にも傾斜発見と記載がある。そのような場合に「隠れている」と言えるのか。
- 裁判所は,内見はごく短時間であること,荷物が散在していて分かりにくかったこと,床の傾きの告知と建物の傾斜とは同じではない(床だけが傾斜している可能性だってある)として,隠れた瑕疵にあたるとした(大阪地判平成15年11月26日)。
- とはいえ,あえて売主に確認しなかったとして,買主による瑕疵担保責任に基づく請求は棄却した。
中古住宅を買うときは慎重に
人口減・低成長の現代において,新築住宅を買うことは,かつての高度成長期と同じではありません。
傾きが激しい場合,それは当然。
一方で,不動産は,それぞれ全て違う物であることがその特徴となっています。
(新築でも言えますが)中古住宅の場合,経年による劣化も当然ありますので,不動産それぞれの個性を十分に理解した上で購入しなければ,おもわぬ損害を被ることがあります。
中には傾いている建物も
中古住宅にどんな欠点があるかはそれぞれですが,中には建物が傾いている場合もあります。
傾いている建物は,生活に不便が生じるのは当然ですが,最悪の場合倒壊の危険があります。
保険会社では,地震などで傾斜が1000分の18以上担った場合,全損扱いとされているようです。つまり,建物としては「終わっている」扱いです。
さすがに内見で分かるのでは?
上記のような顕著な傾斜がある場合は,当然,建物の瑕疵にあたります。
しかし,さすがに倒壊レベルの傾きがあれば,それこそピサの斜塔のように,あからさまに傾いているのでは無いか?と疑問に思いますよね。要するに,見れば分かる,と。
建物の売買で内見をしないことはおよそ無いので,買主は当然建物を内見しているでしょう。その時に,傾きは明らかになっているのではないか,そのため「隠れた瑕疵」とはいえず,瑕疵担保責任(契約不適合責任)を追求できないのでは無いか,という疑問が生じます。
この点について裁判所の考えを示した裁判例があります(大阪地判平成15年11月26日)。
この裁判例では,買主は内見をしており,さらに傾きについて重要事項説明書に「床の傾斜発見」と記されていました。一方で,売主は傾斜について内見時には一切説明していなかったようです。
内見では短時間過ぎて分からない
裁判所は,傾斜は,外からは一定の距離を取ってじっくり見ないと分からないこと,内見では買主は短時間しか建物内部などは見ることが出来ないこと,部屋の中に荷物がたくさんあったこと(荷物が無いフラットな床状態なら傾斜を認識しやすかったが)などから,容易に発見できないとして,隠れた瑕疵であると判断しました。
一方で,あえて売主に確認しなかったという過失がある為,瑕疵担保責任に基づく請求は結局は棄却しました。
反対に,売主側に対しては,傾斜について告知義務を認め,告知しなかったことは不法行為に当たるとして損害賠償義務を負わせました。
最終的に,この不法行為に基づく損害賠償について,買主も過失があるとして過失相殺(買主1:売主2)をしました。
ちゃんと告知しよう
売主側がこれほどの傾斜について説明しなかった真意は不明ですが,仮に隠したとしても,あとで裁判で負けるわけです。
それならば,はじめから納得してもらって売った方が,結局は低コストだと思います。
売る方も買う方も,重要説明が大事ですね。重要だけに。
この記事は、掲載時点の法律関係を前提として記載されています。法改正などにより、解釈適用に変更が生じる可能性がありますのでご注意ください。
リフォーム工事の内容で業者と争いに!契約書が無い場合,リフォーム工事の内容って裁判所はどう考えるの?弁護士が解説
このコラムのまとめ
- リフォーム工事の建築請負契約において,しばしば契約書が作成されないことがある。そのため,施主と業者との間で認識や主張にちがいが生じて紛争となることも。
- 裁判所は,取り交わされた書面等を基に,その工事で一般的な技術基準や標準仕様等も考慮して定めるとする(東京地判令和元年12月5日)。
- 仮に高額な費用の掛かる工事でも標準的な工事として施工する義務を認められる可能性があるので,工務店側は,どのような工事を行うのかをあらかじめ明示すべき。
リフォーム工事は幅が広い
リフォーム工事と一口に言っても,その幅は広いです。
カーテンレールの取付もリフォーム工事でしょうし,壁の塗り替え,屋上の防水工事など大規模なものでもリフォーム工事でしょう。
リフォーム工事も建築請負契約なので,契約書を交わすべきです。しかし,小規模な仕事で一々契約書を作成するのは困難な場合もあり,現実には契約書を取り交わしていないリフォーム工事を見かけます。
工事の内容(工法)もピンからキリまで
ところで,同じ目的のリフォーム工事でも,それを実現する工法は様々です。
同じ目的の工法,例えば防水工事の工法にも,比較的安価な工法(ウレタン防水密着工法など)から,効果が高いが費用が高い工法(ウレタン防水通気緩衝工法など)まで様々なものがあります。
当然,施主としては,請負金額は決まっているので,より効果の高い工法を望みますし,業者は安い工法を予定した見積もり金額であれば高い費用がかかる工法は選びたくないでしょう。
契約書が無い場合,一体どのような工事が合意されていたと裁判所は認めるのでしょうか。
元の工事と関連しているかどうかが重要
この点について裁判所の考えを示した裁判例があります(東京地判令和元年12月5日)。
裁判所は,取り交わされた書面等を基に,その工事で一般的な技術基準や標準仕様等も考慮して定めるとするとしました。
施主と業者の間で,特別に工法を決めていたならば別ですが,そうでなければその工事で一般的な工法が採用されたとされます。
どういう工法なのかを資料に残すべき
裁判所にいくと,上記のように判断がされる可能性が高いです。しかし,これでは,当初は予算外でやる予定では無かった工事について,標準的な工法であるとして施工する義務が生じる可能性があります。その場合は,あらかじめ安い工法を予定して低く請負金額を出しているでしょうから,工務店側が持ち出しになる可能性が高いです。
そこで工務店側としては,少なくともメールや議事録などで工法を示し,証拠を残すべきでしょう。
反対に,施主としても,効果の高い工法を安くやってくれると信じて契約することもあるでしょう。その場合は,その工法を行うということが分かる資料(メールや議事録)をせめて残すべきですね。
この記事は、掲載時点の法律関係を前提として記載されています。法改正などにより、解釈適用に変更が生じる可能性がありますのでご注意ください。
追加工事のお金を払ってもらえない?元の契約に含まれている?どっちだ!弁護士が解説
このコラムのまとめ
- 建築請負契約において,追加工事を行った場合,追加工事代金を請求できるのか。元の契約に含まれて請求できないのか。口頭の合意のみの場合,その分かれ目は何か。
- 元の契約と関連する工事については元の契約に含まれて追加工事として代金支払必要なし。
- 元の契約と関連が無い工事については,相当な報酬の範囲内で,契約の成立を認めるとし,追加の代金が発生するという基準を示した(札幌地裁平成29年11月27日)。
- 工務店側は,追加工事の契約書締結はできなくても,メールなどで内容と見積もり金額を示した上で行うべき。
追加工事は日常茶飯事
建築請負契約,例えば家を建てる工事をする契約などですが,工事の途中で追加工事を行うことはよくある話ですね。
それが施主の思いつきであったり,あるいは当初の予定通りのするために必要であることがあとから判明したり,その理由や内容は様々です。
ところで,追加工事分の代金はどうなるのでしょうか。
工務店としては,予算外の工事なのだから追加で請求したいでしょう。
一方,施主側は,元の契約に含まれていたのだから追加で払いたくない,となるでしょう。
契約書が無い事が多い〜特に追加工事は〜
建築請負契約は,最近では契約書を結ぶことが多いでしょう。
ですが,工事の途中で急遽行われる追加工事の場合,単に口頭で相談して決定していることが多いのが実情です。
本来は参照されるべき契約書類が無く,その他にもメールやメモなど含めて合意に関する客観的な証拠が無いこともしばしばです。
それどころか,追加で工事をすることだけ合意し,具体的な金額について決めていないこともザラです。だからこそ,お金が発生するかどうか後で揉めるのです。
この場合,追加代金が発生するのかどうかはどのように判断されるのでしょうか。
元の工事と関連しているかどうかが重要
この点について裁判所の考えを示した裁判例があります(札幌地裁平成29年11月27日)。
裁判所は,元の契約と関連する追加工事については,元の契約に含まれていると評価し,追加工事の代金を支払う必要はない,としました。
一方,元の契約と関連が無い追加工事については,相当な報酬の範囲内で,別途追加工事契約の成立を認めるとし,追加の代金が発生するという基準を示しました。
メールなど金額を決めた証拠を残そう
裁判所にいくと,上記のように判断がされる可能性が高いです。しかし,これでは,当初は予算外でやる予定では無かった工事について,関連性があるからとして代金がもらえない可能性があります。その場合は工務店側が持ち出しになってしまいます。
そこで工務店側としては,追加工事の契約書締結はできなくても,少なくともメールなどで追加工事の内容と見積もり金額を示し,証拠を残してから,追加工事を行うべきでしょう。
この記事は、掲載時点の法律関係を前提として記載されています。法改正などにより、解釈適用に変更が生じる可能性がありますのでご注意ください。
多重債務の落とし穴!時効にかかった借金があるのに,とりあえず払ったことがネックに?弁護士が解説
このコラムのまとめ
- 時期の違う多くの借金があった場合,充当先を指定しないで弁済した場合に,全ての債務について承認によって時効が更新(中断)するのか。
- 充当しないということは,特段の事情が無い限り,債務全部の存在を知っていることを表示するから,元本債務全部についてその存在を知っているということであるから,全部の借金の時効が更新(中断)される(最判令和2年12月15日)。
- 実は戦前の大審院判決(大判昭和13年6月25日)が先例として生きていたことが確認された。
多重債務の場合,どんな借金があるのか分かっていない事が多い
借金というのは,何本も増えていくことが往々にしてあります。
借金を順調に返せる場合は,借金は減る一方です。
ところが,借金が返せない場合は,借金を返す為にまた借金をするという悪循環を繰り返します。
その結果,パンクするころには,どんな借金をいつしたのかを把握できていないということが起こります。それほど珍しくは無いです。
また,同じ人にいくつも借金をするということも,しばしばあることです。
とりあえずちょっと返した・・・どの借金を返したの?
借金というのは,当然ながら,返すべき時期や金額が合意されています。その期限に返せないと督促されます。
ですが,大抵そうした場合,全部は返せません。全部返せていれば,そもそも支払が遅れませんよね。
同じ人にいくつも借金をしていた場合で,返済が一部しかできなかったとします。その場合に,どの借金に対して返済したのでしょうか。返した本人はよく分かっていないことがほとんどでしょう。
通常はそれほど問題になりません。どういう場合に問題になるのでしょう。
例えば,長期にわたって複数の貸し付けを行っていた場合,ある貸し付けについては消滅時効にかかったということがありえます。
そして,途中で一部弁済していて,それがどの借金への弁済か指定していない場合に問題が生じます。
本来は,借主はどの借金への弁済なのか指定することができます。返済をどの借金に対して充てるのかを「充当」といいます。
債務者が指定しない場合,法定充当というシステムによって,法律で決められた順に充当されます。その結果,複数ある債務の内一つにだけ充当されたとしましょう(全部の債務に充当するには額が少ないので)。
ところで,ある債務について弁済した場合,これは借金を認めた(承認といいます)ことになり,消滅時効はその時点でリセットされます(更新といいます)。
そうすると,どの借金を返したのか指定していない場合,法定充当によって充当された債務だけ時効が更新されるのか,それとも全ての債務について時効の更新が生じるのかが問題となります。仮に法定充当された債務だけ時効が更新されたら,ほかの債務は時効が更新されず消滅時効が完成する可能性があるからです。
いや,普通知っていたでしょ?という建前
この点が問題となった最高裁の判例があります(最判令和2年12月15日)。
同様の事案で,最高裁は,特段の事情の無い限り,法定充当した場合は全ての(元金)債権の承認として時効の中断効(民法改正後の「更新」)を認めました。つまり,消滅時効を援用できないということです。
その理由は,本来は弁済の充当ができる債務者があえてしなかったのだから,それは当然,全部の債務について知っているよ,ということでしょう?という理屈です。それほどしっくりこないような気もします。
まあ,自分の借金は当然知っているべき,という建前は,現実はともかくとして,当然ではあります(借金だらけで一々覚えていない,というのはやはり甘えに過ぎないということでしょう)。
戦前の大審院判決が生きていた
実はこの最高裁判例は,とある先例に従っています。
それはなんと戦前の大審院判決昭和13年6月25日判決です。同判決は,その論理構成が不明確であったのですが,本最高裁判例はこれを先例として引用しつつ,理由付けを加えています。
どうやら当事者も裁判所も控訴審まではこの先例に気がついていなかったのではないかと思われ,少なくとも大審院判決を意識した説示はされていません。
80年以上前の判例であり,その後の学説の展開から忘れ去られた感があったようですが,大審院判決には先例としての価値があります(上告の申立てや上告受理の申立てなど)。
判例調査の重要性を改めて教えてくれる事案ですね。
改正民法においても価値は変わらない
本判決は,その事案自体は改正前民法が適用される事案でした。
しかし,改正民法においても,基本的なロジックには影響がないため,現在でもこの最高裁判例の決めたルールが適用されます。
弁済一つとっても,実は知らないとすごく損をすることがあるということです。転ばぬ先の杖,ぜひ事前に弁護士への相談をご検討くださいませ。
この記事は、掲載時点の法律関係を前提として記載されています。法改正などにより、解釈適用に変更が生じる可能性がありますのでご注意ください。
管理組合が間違った契約しちゃった?消費者として取り消しできる?!弁護士が解説
このコラムのまとめ
- 管理組合は,以前から住民によって運営されてきたため,専門性の高い契約に関して知識が少ない事が多い。
- 管理組合は実態としては素人であっても,消費者には当たらないという裁判例あり。
- 分からないことは専門家(マンション管理士や弁護士)に相談してから行うべき。
管理組合は住民が運営
マンションの管理組合は,区分所有者である住民によって組織されます。
そして,管理組合の運営は選ばれた理事によってされます。理事は基本的に区分所有者のなかから選ばれます。
第三者管理以外では,理事会で管理組合の様々な契約の内容を検討したり,組合に諮って契約を締結したりします。大変なご苦労ですよね。
管理組合の理事は単にそのマンションの住民というだけですので,マンションの管理について詳しい人もいるでしょうが,ほとんどの場合,はじめはみなさん素人でしょう(理事として経験を積まれて,みなさん詳しくなっていかれます)。
大規模修繕工事の請負工事契約や,電気の受給契約,ネット環境の一括契約など,マンション管理にかかわる様々な専門的な契約が理事の方の前に現れてきます。その当否を判断することは簡単ではありません。
ましてや,管理組合の理事は他にお仕事をされていることが多く,仕事終わりや休日に集まって検討するなど厳しい状況の中で尽力されています。
そんな管理組合が,間違った契約を結んで損をしてしまった場合,実質的に決定した理事達は素人なのだから,消費者契約法で取り消したり,無効になったりしないのでしょうか。
消費者契約法による取り消しや無効
消費者契約法とは,素人である消費者が,プロである業者と知識量や経験の差によって不利益を被る場合に,契約を取り消したり,不利益な約束を無効にしたりできる法律です(消費者契約法1条)。
例えば,重要な事項について事実と異なることを告げて契約したり(第4条1項1号),消費者にとって不利益な事実を告げなかったために誤認したり(同条2項),そうした場合に契約を取り消すことができるとしています。
また,事業者に対する損害賠償請求権を免除させるような不利益な条項などは無効となります(8条各号)。
管理組合も,大規模で専門的な契約について,よく分からずに契約してしまって不利益を被った場合,消費者契約法の適用を受けて契約を取り消したり無効に出来ないでしょうか。
管理組合は消費者か
そもそも消費者契約法の適用を受けるのは,消費者だけです。
消費者とは何かにつき,消費者契約法に明確に定義があります。
消費者契約法2条1項には,「「消費者」とは、個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう。」と明確に規定されています。
そうです。消費者とは個人であると明確に規定されていて,団体である管理組合は消費者には当たらないのです(東京地裁判決平成22年11月9日)。
管理組合がマンション住民という個人の利益を守る為に存在する団体であり,理事も「素人」から選任されているとしても,団体である管理組合には消費者契約法は適用されないこととなります(消費者契約法逐条解説も同様)。
マンションの専門家への事前相談が重要
結論として,管理組合は消費者にあたらないので,消費者契約法によって契約を取り消したり無効にしたりはできません。
しかし,管理組合の理事が(少なくとも始めは)素人であることは否めません。
そのため,重要で大規模な契約を行う場合には,前もってその内容の妥当性をマンション管理の専門家(弁護士やマンション管理士など)に相談するのが重要です。転ばぬ先の杖として,ぜひマンション管理の専門家をご活用ください!
この記事は、掲載時点の法律関係を前提として記載されています。法改正などにより、解釈適用に変更が生じる可能性がありますのでご注意ください。
これからは中古住宅も紛争処理制度が使える!住宅品質確保法・住宅瑕疵担保履行確保法の令和3年改正がいよいよ施行されます。弁護士が解説
このコラムのまとめ
- 令和3年の品確法,住宅瑕疵担保履行確保法改正がいよいよ施行される。
- 令和4年10月1日から,瑕疵担保履行制度の対象が,瑕疵保険に加入した中古住宅にも拡大される。
- 住宅紛争処理制度の利用が充実し,時効の完成猶予効が与えられるが,取り下げると効果を得られないので注意すべき。
住宅瑕疵担保履行制度とは家を買う時の安心を提供する制度
家を買うというのは極めて大きな買物ですよね。誰しも失敗したくないと思うものです。
家は大規模で複雑な構造物ですから,その全てを理解して確かめて買うことは,一般人には無理です。
つまり,みんな一定のリスクを抱えたまま,家を購入せざるを得ません。
一方,あまりに怖がって家を買えないとすれば,それは不幸なことですし,また家を作って売るという産業に関わっている人にも不利益です。
そこで,新築住宅の欠陥を直す責任(瑕疵担保責任)を定め,その実現の為の視力を確保する(主として保険の加入)制度である住宅瑕疵担保履行制度を設けました。
そして,保険加入した紛争について,住宅紛争処理制度を設置して,円滑に紛争処理できるようにしています。この制度は,専門家が関与して解決に向けて話し合える上に,手数料が1万円程度であり,極めて安価に利用できます。
改正による強化ポイントとは?
このような住宅の瑕疵担保履行制度が,令和3年の法改正によって強化されます。
今までは,瑕疵保険に加入した新築住宅のみが対象でした。
令和4年10月1日から,これを瑕疵保険に加入した中古住宅も対象となることになります。
また,住宅紛争処理によって時効の完成猶予効が付与されますので(令和3年9月30日施行),時効完成間近でも,裁判所では無く住宅紛争処理制度(ADR)を選ぶことが可能になりました。
拡大対象となる保険の種類
今回拡大される保険は,既存住宅等に係る瑕疵による損害を填補する為の任意保険で,2号保険と言われています。
2号保険は任意保険であり,様々な商品がありますが大きく二つの種類があります。
一つは,リフォーム瑕疵保険や大規模修繕瑕疵保険などの請負契約タイプ。もう一つは宅建業者または個人間の中古住宅売買における瑕疵保険である売買契約タイプがあります。
特に,宅建業者による既存住宅売買に関する瑕疵保険が近年大幅に伸びています。
時効の完成猶予効の注意!取下では効果が無い
あっせんや調停が打ち切られた場合は,通知を受けて1か月以内に提訴すれば,時効の完成猶予については,あっせん又は調停の申請の時に訴えの提起があったものとみなされます。
しかし,申請人が取り下げたり,そもそも不当な目的の申請として調停がされなかった場合には該当しないので注意しましょう。
また,そもそもADRの目的となった請求と,裁判上の請求が同じなのかどうかは事案ごとに裁判所が判断することになりますので,念のため注意しましょう。
この記事は、掲載時点の法律関係を前提として記載されています。法改正などにより、解釈適用に変更が生じる可能性がありますのでご注意ください。
ヤバイ採用面接!不動産買わないと就職できない?マンション購入が消費者契約法で取り消し!弁護士が解説
このコラムのまとめ
- 就職に必要だとしてマンションを購入させた売買契約が,消費者契約法4条3項3号イにより取り消された事例。
- 売主は直接は不安をあおる告知自体は発していなかったが,評価額1200万円程度の物件を約3000万円で売って不相当に過大な利益を得た点などが,売主の関与を認定する一つの論拠となった。
- 就職するのに自宅不動産の購入は不要であり,慎重に行動するべき
持ち家はある種のステータス・・・でも就職に必要?
マンションであれ,一戸建てであれ,持ち家というのは一つのステータスなのだろうと思います。
しかし,家を持っていることが,就職の条件になるでしょうか?そんなことは普通ありえないですよね。
でも,言葉巧みに,不動産買わないと採用できないよ!と言われたら・・・。普通は信じないんでしょうけども,社会経験の少ない人だと勘違いしてしまうことはあるかもしれませんね。
そんな場合,買ってしまった人は契約を取り消せるでしょうか。
消費者契約法による取り消し
消費者契約法は,詐欺などの様々なトラブルに際し,消費者を保護する法律です。最近は霊感商法の関係で話題になってますね。
この法律を使って,消費者は,一定の要件のもとに,締結してしまった契約を取り消すことが出来ます。
不安をあおる告知(消費者契約法4条3項3号)の要件
消費者契約法では,不安をあおるような話をして契約させた場合に取り消すことができます。詳しい要件は以下のとおりです。
・当該消費者が、社会生活上の経験が乏しいことから、次に掲げる事項に対する願望の実現に過大な不安を抱いていることを知りながら、その不安をあおり、裏付けとなる合理的な根拠がある場合その他の正当な理由がある場合でないのに、物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものが当該願望を実現するために必要である旨を告げること。
イ 進学、就職、結婚、生計その他の社会生活上の重要な事項
ロ 容姿、体型その他の身体の特徴又は状況に関する重要な事項
・上記の行為をしたことにより困惑し、それによって当該消費者契約の申込み又はその承諾の意思表示をしたとき
結構複雑です。ごく簡単にすると,世間知らずに乗じて,進学や就職,結婚のためにはこれを買わないとダメだよ,とか,痩せる為にはこのコースに申し込まないとダメ!のような,根拠も無いのに不安にさせて契約させるような場合には,取り消すことが出来るのです。
類似の裁判例
本件の事例に類似した裁判例があります(東地令和4年1月17日判決)。
この裁判例では,①Xは26歳で大卒後3年程度運輸会社に勤務した程度の社会経験しかなく,自動車の購入すらしたことが無かった者であったこと,②A社への就職内定を得る為になんら必要で無かった3000万弱の住宅ローンを組んでまでマンション購入したこと,から,社会経験が乏しく,就職という願望の実現に過大な不安を抱いていたと認定されました。
また,A社との面接において,XはA社担当者からアピール力に欠けていると言われ,さらに同席していた転職支援のB社担当者からも,マンションを購入してでも入社したいという意欲を示せと言われました。そして,後日A社の関連会社で不動産会社であるC社との面談前にも,A社担当者から,マンション購入の意思があると言うように助言されました。その後も,三社の担当者から言われるままに,Xは売主Dとの契約締結しました。
そもそも就職するに際してマンションを購入する必要など皆無であり,A,B,C社はなんら正当な理由が無いのに,就職にはマンション購入が必要である旨を告げ,これによって困惑したXはDとの不動産購入契約を締結したと認定されました。
告知した者と契約者がちがう場合
さて,この裁判例で問題となったのは,上記の不安をあおる告知自体に,売主Dはその場に参加していなかったことです。契約当事者はDなので,Dが不安をあおる告知を行っていないと取り消せません。
しかし,常識的に考えて,上記認定のような手法で契約させるようなグループであるならば,売主が全くの無関係というのは考えにくいことです。
この点,上記裁判例では,以下のように判断しました。
まず,当該マンションの価値が1200万円程度との鑑定結果が出ており,新築時も2000万円程度であったこと,前所有者は1300万円程度で売りに出していたことを認定し,約3000万円で売却した売主Dは不当に過大な利益を得たことを指摘します。なお,リフォームすれば3000万円程度であるとの反論には,当該マンションはリフォームしていないことを指摘して排斥しています。
さらに,就職の紹介会社にすぎないB社や採用するかを決めるにすぎないA社の担当者が内見に同行したり,契約締結に深く関与したことについて,極めて不自然と断じました。
そして,過大な利益を受ける売主DがAないしCによる勧誘行為に関与していなかったとは考えがたいと述べています。
さらに,売主Dの責任免除などを定めた公正証書をC社の指示で作成したこと,XがC社からD作成のチラシ(リノベーション無しで3000万円)を交付されたが,D社は別の相手にはリノベーション済みで3000万円とするチラシを交付していたことなど,売主Dの勧誘への関与を推認させる事情を指摘しました。
その他の事情も考慮し,裁判所は売主D社も勧誘に関与していたことを認定し,契約の取消しを認めました。
まず相談してから行動しましょう
就職を餌に不動産を買わせるなんて,多くの人にとっては「そんな馬鹿な」と思われる事例かもしれません。
さすがにこんな場合には多くの人が「おいおい,ちょっと待てよ」と思うでしょう。
しかし,分からないことは人それぞれたくさんあります。分からないことについて勧められた時に迷うことはだれしもあるでしょう。そんなとき,少し立ち止まって,自分よりも詳しい人に相談することが身を助けることになります。特に不動産購入のような重大な契約をする前には十分に気をつけましょう。
この記事は、掲載時点の法律関係を前提として記載されています。法改正などにより、解釈適用に変更が生じる可能性がありますのでご注意ください。
急にピアノが弾けない!細則の変更でも「特別の影響」で承認が必要か?弁護士が解説
このコラムのまとめ
- マンションの規約の設定変更等には,区分所有者および議決権の各4分の3以上の多数による集会決議が必要。
- また,その変更等によって特別の影響を受ける区分所有者の承諾も必要になる。
- 特別の影響を受けるかどうかは,マンションごとの事情を丁寧に検討する必要がある。
急にピアノを弾いてはいけなくなった
マンションでは,様々な方が住んでいます。
中には,ピアノが弾きたくて入居した方もいるでしょう。
今まで認められていたピアノの演奏が,夜8時以降は禁止されてしまったら、当然ですがとても困った状況になります。
マンションで突然そのようなルールが出来た場合,ピアニストとしては何か反論できるでしょうか。
規約変更による「特別の影響」
マンションの規約を設定,変更等する場合,区分所有者および議決権の各4分の3以上の多数による集会決議が必要です(区分31①)。
4分の3以上の賛成というのはそもそも大きなハードルです。
さらに,31条1項後段は,その規約変更等が「一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべき時は,その承諾を得なければならない。」とされています。
つまり、規約変更等には,特別の影響を受ける区分所有者の承諾まで必要なのです。
どういう場合に「特別の影響」があると言えるのでしょうか。裁判所では,「規約の設定,変更等の必要性及び合理性とこれによって一部の区分所有者が受ける不利益とを比較衡量し,当該区分所有関係の実態に照らして,その不利益が区分所有者の受忍すべき限度を超えると認められる場合をいう」とされています。
まとめると,特別の影響はないとして規約変更等が有効となる要件は,①規約を変更等する必要性があること,②規約の変更に合理性があること,③変更等による不利益が受忍限度内であること,であるといえます。
反対に,上記①から③の一つでも満たさない場合には,特別の影響を受ける者の承諾が必要です。
規約の変更ではなく,使用細則の設定・変更ならどうか?
ところで,ピアノの演奏に関する規制などは、通常,管理規約自体では無く,その下位規範といえる「使用細則」にて規定されることが多いでしょう。
通常,使用細則の設定・変更については,総会の過半数で決議されています。
使用細則の設定・変更の場合,規約自体ではないため,上記の区分31条1項の適用は無く,過半数で決められるし,特別の影響を受ける者の承諾も不要であるようにも思われます。
この点,楽器の演奏時間を夜8時までとする細則を過半数決議かつ承諾無しで行ったことの有効性が争われた東京地裁令和2年6月2日判決(以下「本件判決」といいます。)では,以下のように判断しました。
まず,細則における楽器の演奏禁止の条項設定は,必ずしも規約で行うことが法律上求められていません。そのため,細則で演奏禁止を設定したこと,これを過半数決議で行ったことは,区分31条1項前段に違反しないとしました。
一般的に,楽器の演奏時間の制限などは使用細則で設定されることが多く,この点では常識的な判断といえましょう。
では,使用細則の設定は規約の変更等ではないのだから,特別の影響を受ける者の承諾も不要でしょうか。
この点では,裁判所は,たとえ使用細則であったとしても,区分31条1項後段を類推適用して,利害の調査性を図るべきだと判断しました(最高裁平成10年10月30日第二小法廷判決・ 民集52巻7号1604頁参照)。
特別の影響があったか
特別の影響があるかどうかは,個々の事案によって異なってきます。
まず,ルールを設定する必要性は,マンションごとに違うでしょう。一般的に,騒音を生じかねない楽器の演奏時間についてなんらかの制限を設けることは,必要性が認められやすいでしょう。
次にルールの合理性ですが,一般的な演奏時間を十分確保したものであれば,合理的であると認められる場合もあるでしょう。
しかし,この点こそまさにマンションごとに千差万別なのです。
本件判決では,マンション自体がコーポラティブマンション(入居者が組合を作って,自分たちの要望に添ったマンションを建築するもの)であり,遮音性や防音性能にこだわって,演奏が自由に出来ることを前提に設計施工されたものでした。そうした事情から,竣工当初から楽器の演奏が容認されていました。また,竣工後も,騒音の苦情がでるたびに多額の費用をかけて追加の防音工事を行っていました。
また,夜8時までの演奏とすると,一般的な社会人は家に帰るまでに8時を過ぎることもあるでしょうから,必ずしも演奏する人に配慮した時間設定とは言えません。
そもそも,音量について考慮すること無く一律に演奏を禁止する内容でもあります。
こうしたことから,本件判決では,使用細則を設定した総会決議の合理性が否定されました。
さらに,本件判決では,原告がプロのピアニストであったこと,さらに趣味のフルートでもレッスンを受けていたこと,当初は自由に演奏できていたこと,防音工事に多額の費用をかけたこと,などを指摘して,演奏を制限されることの不利益が大きいと判断しました。
結論として,本件判決では,「特別の影響を及ぼすべきとき」にあたるとし,原告の承認を得ていない総会決議は無効であるとしました。
個別のマンションごとに検討することが重要
本件判決では,コーポラティブマンションであったこと,当初から自由に演奏できたこと,プロのピアニストであったことなど,様々な特別な事情がありました。なので,「演奏禁止の使用細則の設定がいつでも特別の影響を及ぼすべきとき」にあたる」というわけではありません。
特別の影響を受けるかどうかは,マンションの個別事情,ルールの規定ぶりなど具体的な事実を検討して判断する必要があります。
工事業者が破産した!工事完了していないのに報酬を支払う必要があるの?違約金で相殺できないか?弁護士が解説
このコラムのまとめ
- 請負工事の契約は、仕事が未完成であれば代金を払う必要は無い。
- 複数の請負契約のうち、完成した工事と未完成の工事がある場合、破産管財人から完成した工事の代金を請求されても、「前に生じた原因」であれば、未完成の請負契約に規定していた違約金債権と相殺することができる。
- ただし、全く無関係の契約でも相殺できるのかは疑義が残る。
工事が業者の破産でストップしたら
あなたが自宅の新築工事を工事業者にお願いしていたとしましょう。
ある程度までは工事が進んだのですが、その家が完成する前に、工事業者が破産してしまいました。
この場合、当然ですがとても困った状況になります。
ひとつには、単純に工事が未完成のままになってしまう、家ができあがらないという問題ですね。
もう一つは、工事代金を支払う必要があるかという問題です。
工事が未完成なら工事代金は払わなくてよい
まず、こうした建築工事は請負契約ですが、請負契約は工事が完成して引渡しをしないと報酬債権が発生しません(民632,633,624①)。
なので、未完成であれば、工事代金は払わなくてよいのです。
未完成の工事の違約金で、完成済の工事代金と相殺できる?
また、例えばあなたが分譲業者で複数の建物の建築工事を発注していた場合、例えば4つの新築工事を発注していたけれど、一つしか工事が完成していない状況で工事業者が破産したとします。
その場合、基本的には、4つの請負契約があることになります。
そのうち一つは完成しているので、工事代金を支払う必要があります。
そして、ほかの3つの契約については工事が完成していないので、代金は支払い不要です。
さて、上記の場合に、破産した工事業者の破産管財人から、あなたは完成した工事の代金を請求されたとしましょう。
これは支払わざるを得ません。
一方で、未完成の工事の請負契約に、仕事が完成しなかった場合の違約金が規定されていたとしましょう。
この場合に、未完成の工事の契約に基づく違約金と、完成した工事の代金とを相殺することはできるでしょうか。
このことが争われたのが、最高裁令和2年9月8日判決です。
破産法では、支払停止があったことを知る前に生じた原因なら相殺できる
この事件は、相殺できるかという点に、破産法の規定が絡んできます。
すなわち、破産法では、「支払の停止があったことを破産者に対して債務を負担する者が知った時より前に生じた原因」に基づく場合には、相殺が認められます(破産法72②(2))。
単純に本件をみると、工事業者が支払停止(大雑把に言えば、支払や履行ができなくなって事実上活動がストップすることです)よりも前に、未完成で終わった工事契約は締結されていますので、「前に生じた原因」に基づくとして相殺できそうですね。
「前に生じた原因」と言えるには、請求を求められている債権と同じ契約から発生している必要があるのか?
ところで、元々工事契約は4つありました。そのうち一つの契約分だけが完成して代金が発生しています。他は未完成の契約です。
ここで、違約金債権は、この未完成の契約から発生しています。つまり、代金が発生している契約は(完成しているので当然)違約金は発生していませんね。
このように、管財人が請求してきた代金債権の発生した請負契約と別の契約から発生した違約金債権であっても、「前に生じた原因」に基づくとして相殺ができるのでしょうか。
それとも、前に生じた原因」と言えるには、請求を求められている債権と同じ契約から発生している必要があるのでしょうか。
最高裁は、相殺を認めた
素直に条文を読めば、相殺が同じ債権から発生している必要がある、などとは書いていません(民505①)。
ところが、破産などの危急時には、相殺するのに牽連性(相殺に使う債権が同じ契約関係から生じていること)が必要とする学説が有力だったのです。この考え自体は、金融機関など相殺できる債権を予め用意できる強い立場の債権者によって先んじて債権回収が行われること、そのことによって一般の債権者が比べると不利益を被ることに対応したものであって、説得力のあるものです。
裁判でも、一審判決は相殺を認めましたが、高裁判決は、同一の債権から生じていないので相殺の期待が合理的では無いとして「前に生じた原因」にあたらないと判断し、相殺を認めませんでした。
最高裁はまず、以下のように過去の判例最高裁平成26年6月5日判決)を引用して、破産法72②(2)の「前に生じた原因」に該当する場合は「相殺の担保的機能に対するその者の期待は合理的」であって破産手続の趣旨に反しないと判断しました。
そして、「各未完成契約に共通して定められている本件条項は」「破産会社が支払停止に陥った際には」違約金との相殺によって「一括して清算することを予定していたものと言うことができる」と認定し、「同一の請負契約に基づいて発生したものであるか否かにかかわらず、本件各違約金債権をもってする相殺の担保的機能に対して合理的な期待を有していた」とし、破産手続の趣旨に反するものでは無いと判示しました。
つまり、別の債権から発生していても、相殺は可能なのです。
相殺の原則に立ち返れば、相殺に制限は無い
元々、条文には、同一の契約から生じなければならないという規定はありません。
ですから、相殺の原則に立ち返れば、危急時であっても相殺に牽連性という制限は無いはずです。
その点では、最高裁は条文を素直に適用してものといえます。
とはいえ、最高裁も、複数の契約だが一括しての処理を予定していたと認定していますので、全く無関係の契約でも同じように相殺ができるのかはやや疑問が残ります。
つまり、全く無関係の契約から生じた違約金債権による相殺は、相殺権濫用として認められない可能性もあるでしょう。