このコラムのまとめ
- 時期の違う多くの借金があった場合,充当先を指定しないで弁済した場合に,全ての債務について承認によって時効が更新(中断)するのか。
- 充当しないということは,特段の事情が無い限り,債務全部の存在を知っていることを表示するから,元本債務全部についてその存在を知っているということであるから,全部の借金の時効が更新(中断)される(最判令和2年12月15日)。
- 実は戦前の大審院判決(大判昭和13年6月25日)が先例として生きていたことが確認された。
多重債務の場合,どんな借金があるのか分かっていない事が多い
借金というのは,何本も増えていくことが往々にしてあります。
借金を順調に返せる場合は,借金は減る一方です。
ところが,借金が返せない場合は,借金を返す為にまた借金をするという悪循環を繰り返します。
その結果,パンクするころには,どんな借金をいつしたのかを把握できていないということが起こります。それほど珍しくは無いです。
また,同じ人にいくつも借金をするということも,しばしばあることです。
とりあえずちょっと返した・・・どの借金を返したの?
借金というのは,当然ながら,返すべき時期や金額が合意されています。その期限に返せないと督促されます。
ですが,大抵そうした場合,全部は返せません。全部返せていれば,そもそも支払が遅れませんよね。
同じ人にいくつも借金をしていた場合で,返済が一部しかできなかったとします。その場合に,どの借金に対して返済したのでしょうか。返した本人はよく分かっていないことがほとんどでしょう。
通常はそれほど問題になりません。どういう場合に問題になるのでしょう。
例えば,長期にわたって複数の貸し付けを行っていた場合,ある貸し付けについては消滅時効にかかったということがありえます。
そして,途中で一部弁済していて,それがどの借金への弁済か指定していない場合に問題が生じます。
本来は,借主はどの借金への弁済なのか指定することができます。返済をどの借金に対して充てるのかを「充当」といいます。
債務者が指定しない場合,法定充当というシステムによって,法律で決められた順に充当されます。その結果,複数ある債務の内一つにだけ充当されたとしましょう(全部の債務に充当するには額が少ないので)。
ところで,ある債務について弁済した場合,これは借金を認めた(承認といいます)ことになり,消滅時効はその時点でリセットされます(更新といいます)。
そうすると,どの借金を返したのか指定していない場合,法定充当によって充当された債務だけ時効が更新されるのか,それとも全ての債務について時効の更新が生じるのかが問題となります。仮に法定充当された債務だけ時効が更新されたら,ほかの債務は時効が更新されず消滅時効が完成する可能性があるからです。
いや,普通知っていたでしょ?という建前
この点が問題となった最高裁の判例があります(最判令和2年12月15日)。
同様の事案で,最高裁は,特段の事情の無い限り,法定充当した場合は全ての(元金)債権の承認として時効の中断効(民法改正後の「更新」)を認めました。つまり,消滅時効を援用できないということです。
その理由は,本来は弁済の充当ができる債務者があえてしなかったのだから,それは当然,全部の債務について知っているよ,ということでしょう?という理屈です。それほどしっくりこないような気もします。
まあ,自分の借金は当然知っているべき,という建前は,現実はともかくとして,当然ではあります(借金だらけで一々覚えていない,というのはやはり甘えに過ぎないということでしょう)。
戦前の大審院判決が生きていた
実はこの最高裁判例は,とある先例に従っています。
それはなんと戦前の大審院判決昭和13年6月25日判決です。同判決は,その論理構成が不明確であったのですが,本最高裁判例はこれを先例として引用しつつ,理由付けを加えています。
どうやら当事者も裁判所も控訴審まではこの先例に気がついていなかったのではないかと思われ,少なくとも大審院判決を意識した説示はされていません。
80年以上前の判例であり,その後の学説の展開から忘れ去られた感があったようですが,大審院判決には先例としての価値があります(上告の申立てや上告受理の申立てなど)。
判例調査の重要性を改めて教えてくれる事案ですね。
改正民法においても価値は変わらない
本判決は,その事案自体は改正前民法が適用される事案でした。
しかし,改正民法においても,基本的なロジックには影響がないため,現在でもこの最高裁判例の決めたルールが適用されます。
弁済一つとっても,実は知らないとすごく損をすることがあるということです。転ばぬ先の杖,ぜひ事前に弁護士への相談をご検討くださいませ。
この記事は、掲載時点の法律関係を前提として記載されています。法改正などにより、解釈適用に変更が生じる可能性がありますのでご注意ください。