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交通事故で賠償金の分割払いはできる?弁護士が解説

2022-03-18

このコラムのまとめ

  • 交通事故の賠償金は一括払いが基本。
  • 後遺障害逸失利益の事案で、被害者が求めた場合、場合によっては定期金賠償が認められる。
  • 加害者が分割払いを求めることは原則としてできないが、場合によっては認められる。
  • 分割払い中に被害者が死亡しても、決められた分は支払わなければならない。

賠償金はどうやって払う?

 交通事故で相手にケガをさせたり、車を壊したりした場合に、あなやは賠償金を払うことになるでしょう。

 その時、普通は無制限の任意保険に入っているでしょうから、決まった賠償金が高くて払えないということはあまりないでしょう。

 そして、交通事故の賠償金は、普通、一括で支払わなければなりません

 仮に何千万円もの賠償を命じられたら、一括で払うのことは困難でしょう。そのためにも自動車保険(任意保険)は必ず加入した方がいいですね。

分割払いできるか?

 この賠償金を分割払いすることはできるでしょうか。

 被害者とその内容で示談できれば可能ですが、判決で一括払いを命じられたら、これを分割で払うことはできません。

 では、被害者(原告)は判決で分割払いを求めることは可能でしょうか。

 ここで、被害者が重い後遺障害を負った事件で、後遺障害による逸失利益について分割払い判決(定期金賠償といいます)ができるかが争われた事案が参考になります(最1 小判令和2・7・9 民集74 巻4 号1204 頁)。

 定期金賠償制度は、変更判決制度(民訴法117条)と相まって、長い期間に渡って被害が続いて、状況が変化する可能性がある事件では、状態が悪化するにせよよくなるにせよ、それに対応して賠償額を変更できる可能性があります。

 重い後遺障害によって働けなくなったことの賠償である逸失利益の場合は、特に被害者が若い場合にはよりよくなる可能性だってあるので、定期金賠償を認めることは公平であると考えられます。

 この判例は、

  1. 原告が定期金賠償を求める旨の申し立てをしていこと
  2. 不法行為に基づく損害賠償制度の目的及び理念に照らして相当と認められること

 の二つの条件を満たせば、後遺障害逸失利益の分割払い判決(定期金賠償)は可能であると判断しました。

 この裁判では、被害者が事故当時まだ4歳であった(つまりこの後長く生きる可能性がある)こと、高次脳機能障害という重い後遺症であったことから、二つ目の要件である「相当性」が認められるとして分割払い判決(定期金賠償)を認めました。

加害者(被告)が分割払いを要求できるのか

 ところで、加害者の方が分割払いを求めることはできるのでしょうか

 東京高判平成15・7・29 は、将来の介護費用につき、原告が一時金賠償を求めたにもかかわらず、被告の主張した定期金賠償を採用しました。

 場合によっては、裁判所が認めてくれることもあるでしょう。

分割払いをしてるうちに被害者がお亡くなりになったら、逸失利益はもう払わなくて良いの?

 後遺障害による逸失利益は、就労可能期間(67歳まで)に得られたであろう収入を労働能力を喪失した割合を考慮して決められます。

 そして、定期金賠償というのは、原則的に被害者が死亡したときに打ち切られるのが原則の制度です。

 では、分割払いをしている途中で被害者が死亡した場合は、そこで逸失利益の支払は終わるのでしょうか

 例えば介護費用などは、死亡時点で支払は終わると考えられています。

 この判例(最1 小判令和2・7・9 民集74 巻4 号1204 頁)では後遺障害による逸失利益の支払が終了するかが争われました。

 最高裁は、特段の事情が無い限り、就労可能期間の終期よりも前に死亡しても、支払は継続しなければならないと判断しました。

 最高裁判所は、定期金賠償制度の性質論よりも、交通事故による重傷者と死亡者とのバランスを重視しました。

残された問題

 分割払い判決ができるかは、未だ全部の場合に可能と判断されてはいません。

 この判例では後遺障害逸失利益の賠償を分割支払にできるかが争われましたが、例えば、被害者が死亡した場合の逸失利益に対して定期金賠償ができるのかは、未だ最高裁判所は判断していません。

 例えば、一家の大黒柱が死亡した場合には、状況によって、一括払いしてもらわないと困る事案があるかと思います(子の進学費用が重なったりと、大きな出費が一度に生じることなど)。

 そもそも、死亡した場合には将来の状況の変化がありえないため、定期金賠償にするメリットがありません。

 私見としては、死亡逸失利益の場合は一括払いがふさわしいと考えます。


この記事は、掲載時点の法律関係を前提として記載されています。法改正などにより、解釈適用に変更が生じる可能性がありますのでご注意ください。

ADRでも時効をストップ!住宅紛争審査会がさらに便利に!弁護士が解説

2022-03-11

このコラムの要約

 住宅に関する紛争を解決する手段としてADRである住宅紛争審査会があります。

 手軽に利用できるこの制度ですが、令和3年の改正で、①住宅紛争手続でも時効の完成猶予効が付与されます。

 また、②対象が拡大され、住宅リフォームやマンションの大規模修繕の瑕疵保険も対象となります。

 より選択しやすい制度となったADR、住宅紛争審査会のご利用については、お近くの弁護士会にご相談ください。

住宅トラブルの解決に手軽なADR

 建築のミスや代金を巡るトラブルなど、住宅に関する紛争は数多く発生しています。

 トラブルを解決するための最終手段は裁判です。しかし、それよりも簡単に、「ちゃんとした人のちゃんとした意見」を聞ければお互い納得できることがありますよね。

 そうした要請に応える、裁判では無いけどもトラブルを解決するための手続、ADRが近年充実しています。

 各弁護士会が運営している住宅紛争審査会も、住宅紛争を解決する代表的なADRで、比較的活発に利用されている手続です。

消滅時効が止まらない!ADRの問題

 以前から、住宅紛争審査会によるあっせんや調停の手続では、消滅時効が問題となっていました。

 欠陥住宅による損害も権利である以上、いつかは消滅時効が完成して、請求できなくなってしまいます。

 時効の進行を止めるには、訴訟の提起、裁判所に訴えることが必要です。一旦提訴すれば、時効の進行は止まり(民法147条1項)、判決なりで最終的に解決されることになります。

 一方、ADRである住宅紛争審査会の手続は裁判と同じような機能を果たすのですが、住宅紛争審査会にあっせんや調停を申し立てても消滅時効の進行は止まりませんでした。

 そのため、時効の完成間近の事件では、ADRを利用することができず、はじめから訴訟を選択したり、手続途中に時効がせまってきた場合は別途時効完成猶予の合意を取り付けたりせざるを得ませんでした。

住紛でも消滅時効がストップするように!

 こうした不便を解決するため、令和3年5月28日に住宅品確法および住宅瑕疵担保履行法が改正され、住宅紛争手続においても時効をストップする効果(完成猶予効)が発生するようになりました。

 具体的には、住宅紛争審査会への手続開始時に時効が完成していなければ、その手続が解決の見込みなしとして不成立におわった後1か月以内に裁判所に提訴すれば、ADRの手続申請時に訴えの提起があったとみなされるため、時効完成後の提訴でも消滅時効に関わらないようになりました(ざっくり書いたので、より詳細な規定は品確法73条の2、保険付き新築住宅に関する住宅瑕疵担保履行法第33条2項を参照)。

 この改正の施行日は令和3年9月30日です。すでに係属中の事件にも適用されます(改正法付則第3条、第4条)。

 ただし,時効の完成猶予効が生じる範囲について,ADRの目的となった請求内容と,訴訟上の請求が同一なのかどうかで問題が生じることもあるでしょう(請求の特定)。同一なのかどうかは裁判所が事案ごとに判断することになります。

住宅リフォームも対象!

 また、今まで対象では無かった住宅リフォーム(瑕疵保険)やマンションの大規模修繕(瑕疵保険)、既存住宅瑕疵保険も対象になりました。

 ADRの利用は各瑕疵保険への加入が条件となりますが、いずれも工事発注時に業者に加入を求めることで解消が見込まれます。

住宅紛争処理手続のために4月以内の期間で訴訟手続を中断することが可能に

 すでに訴訟で争っている事案でも,当事者双方が共同で申し立てれば,裁判所は訴訟を一時中断して住宅紛争処理手続に委ねることができるようになりました(品確法73条の3)。その期間は4か月以内です。

 これによって,既に訴訟になっていても紛争処理手続が使えることになり,より柔軟な解決ができるようになります。


 この記事は、掲載時点の法律関係を前提として記載されています。法改正などにより、解釈適用に変更が生じる可能性がありますのでご注意ください。

老朽化マンションを建て替えろ!政府が建替えに必要な要件緩和を検討!でも実は敷地売却が重要!?弁護士が解説

2022-03-04

マンションの建替えは難しい

 地震を筆頭に、災害の多い我が国日本。そのため建物の強靱化は極めて重要な課題です。

 特に耐震性能の不足するマンションは、これまでずっと建替えの必要性が叫ばれてきました。

 しかし、マンションの区分所有という特殊性が、建替えを阻んできた歴史がありました。

マンションはみんなで所有しているので、みんなで決めなければならない

 マンションはその特徴として、建物を住民みんなで所有しています。

 詳しく言うと、各部屋(「専有部分」といいます)はそれぞれの持ち物ですが、廊下やエレベーターなどみんなで使う部分(「共用部分」といいます)はみんなで所有しています。

 共用部分を含む建替工事は、基本的には全員一致で決めなければなりません。

 しかしそれではあまりに面倒なので、区分所有法は総区分所有者の5分の4の賛成で建て替えられるとし、要件を緩和しています。

 なお、建替えをあきらめて敷地ごと売り払って分配しようとすると、民法の原則に戻って、全員一致でないとできません。なお,耐震性がない,あるいは外壁等の剥落により危害が生じる恐れのあるマンションは要除却認定対象となって5分の4での合意に緩和されています。

 建替えの賛成数が緩和されたとはいえ、5分の4の賛成を得るのは簡単ではないです。要除却認定されてもやはり5分の4の賛成が必要です。

 そのため、多くの建替えるべきマンションにおいて、住民間で建替えの機運が高まっても、あえなく頓挫してきました。

マンションのスラム化

 近年、建物の老朽化にともない、マンションの所有者が不在となっている場合があります。

 住民全員で所有しているというマンションの特性上、建物の管理およびその費用は区分所有者が負担します。

 ですので、人がいなくなる(区分所有者自身はどこかに存在しているのですが、管理に参加したり管理費を支払わなかったりする状態です)ことは、マンションの管理状態に悪影響を与えます。

 人がいなくなると、管理費が足りなくなったり、管理組合が運営できなくなったりして、建物のメンテナンスが滞り、悪化した住環境を嫌ってさらに住民が離れます。

 こうしてマンションのスラム化が進行してしまいます。

 さらに、相続が発生して、現在の所有者が誰なのか分からないこともあります。

 このようなスラムマンションは、客観的には建替えの必要性は高いのですが、建替えの同意は取れるでしょうか。建替えに対する元々厳しい5分の4以上の賛成数が、不在者がいることでさらにクリアが厳しくなります。

 スラム化によって、事態の解決がどんどん遠くなっていますね。

賛成数を4分の3に引き下げ

 こうした状況に鑑み、政府はマンション建替えの賛成要件を4分の3に引き下げる方向で検討しているとの報道がありました。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA112K70R11C21A1000000/?n_cid=NMAIL007_20211210_A&unlock=1

 これにより、主に賛成要件で滞っていた建替手続が促進されることになると思います。

問題は建替資金

 実は、賛成要件を多少引き下げても、いまだ建替えの最も大きな障害が残っています。

 それは、建替えの資金です。

 マンションの建替えは、あたらしい建物を建てるのですから、当然に莫大な建築費がかかります。

 建築費を住民全員で負担するとしても、要するに新築マンションを買うようなものですので、何千万ものあらたな出費(場合によっては住宅ローンを組む必要があるでしょう)をしなければなりません。建替えには簡単に賛成できないのです。

 では今までの建替えはどうやって資金を賄っていたかというと、建物を今までよりも大きく建て替えて、新しくできた部屋(「余剰床」と言われています)を販売することで、従前からの区分所有者の立替費用を賄ったり、低く抑えたりしてきたのがほとんどです。

 これは、建物の建築条件(建ぺい率や容積率など)が竣工当時よりも緩和され、より高い建物、広い建物が建てられるマンションの建替えであることが前提条件になります。

 こうしたマンションであれば、従来の区分所有者は、究極的にはタダで新しいマンションに住み替えられるわけですから、住民はみんな建替えに賛成します。

 今までデベロッパーが行ってきた建替えはこうした比較的「イージー」な案件でした。

 しかし、建て替えても余剰床がほとんどない、あるいは全く無い、さらには耐震性能を確保するために部屋が今までより小さくなるといった「ハード」な案件は建替えがすすまずに残されてしまっているわけです。

敷地売却が出口になるかも

 今回、政府は敷地売却についても4分の3の賛成で可能とする方向で改正しようとしているようです。

 敷地売却は、従来、全員一致でないとできなかったことです。

 上記の建替資金の問題がクリアできないならば、危険な建物が存在することを解決するには、建物を取り壊して敷地を売却するしかありません。

 今回、政府が敷地売却の要件を緩和してきましたが、私はこちらが本命なのではないかと思います。

 さらに、不明者を賛否のカウントからはずすことも検討しているようですので、敷地売却はかなりやりやすくなる可能性があります(ただし、不明者については改正されない可能性もあるでしょう)。

 ご自身の所有するマンションの行く末を案じておられる方は、ぜひ法改正の動向を注目してください。


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マンション管理の適正化!令和2年改正法を弁護士が解説

2022-02-25

このコラムのまとめ

  • 1 マンション管理適正化法が令和2年に改正され,令和4年4月1日から施行されます。
  • 2 マンション管理適正化推進計画制度ができました。
  • 3 管理計画認定制度ができました。
  • 4 市区等がマンション管理組合に助言・指導・勧告できるようになりました。

マンションの老朽化を防げ!マンション管理適正化法が改正

 戦後,マンションが特に都市部の主要な居住空間として発達してきました。

 一方,竣工後40年を超えるマンションも,現在既に100万戸以上あることが分かっており,これはマンションストック総数の実に15%を占めています。

 これらの高経年マンションは,外壁や躯体に多くの問題を生じやすい一方,住民の高齢化が進んで管理が行き届かないという悪循環にあります。

 こうした高経年マンションの管理を良くするため,マンション管理適正化法が令和2年に改正され,令和4年4月1日から施行されます。

管理適正化推進計画

 まず,市区等は,国の定めたマンション管理適正化指針に基づいて,マンション管理適正化推進計画を定めることができることになりました。これは地域独自の事情を汲んだものとすることができます。

マンションの管理計画認定制度

 次に,推進計画を定めた地方公共団体は,一定の基準を満たすマンションの管理計画を認定することができます。

 個々のマンション管理組合が自治体に管理計画の認定を申請し,これが通れば,管理の優良なマンションとしてお墨付きを得ることができます。具体的メリットとしても,リフォーム融資で金利の引き下げ措置を行うことが検討されています(フラット35)。

管理の適正化のために市区等が助言・指導・勧告することに

 また,自治体は,マンション管理の適正化のために助言・指導し,不適切管理に対しては勧告を出せることとなりました。

 例えば,総会が開催されていない,管理者等が定められていない,管理規約が存在しない,管理費と修繕積立金の分別管理ができていない,そもそも修繕積立金がないなどの場合が対象に考えられます。

 ご自身の所有するマンションの管理に頭を悩まされておられる方は多いでしょう。今回の改正は,適正な管理に対してインセンティブを与え,かつ不適切管理を厳しく扱うものです。今改正を適正管理へのきっかけとして頂ければと思います。

 気になる点がありましたら,ぜひお気軽にご相談ください。


 この記事は、掲載時点の法律関係を前提として記載されています。法改正などにより、解釈適用に変更が生じる可能性がありますのでご注意ください。

交通事故の逸失利益、減収がなくてももらえるの?弁護士が解説

2022-02-04

この記事のまとめ

交通事故で身体にダメージを負っても、実際に収入が減らなければ逸失利益がもらえないのが原則です。

ですが、自分の特別な努力で減収を防いだなら、それを具体的にアピールすることで裁判所が逸失利益を認めることがあります。

がんばって働いたら収入が減らなかった!

 交通事故で身体に被害を受けると、おもうように働けなくなることがあります。

 その結果、収入が減ることもあります。

 このような事故が無ければ得られた利益を「逸失利益」といいます。

 当然逸失利益も交通事故の損害なので、加害者に請求したいところです。

 ところが、身体がつらくても頑張って働いた人の中には、収入が減らなかった人もいるでしょう。

 この場合にも、逸失利益はあるのでしょうか。

裁判所は差額を払うべきと考えている

 後遺症によって収入が減る逸失利益については、二つの考え方があります。

 ひとつは、働く能力自体が損なわれたのであるから、喪われた労働能力自体が損害であるという考え方です(労働能力喪失説)。

 自賠責保険の後遺障害等級はこの考え方を基にしています。

 後遺障害等級は、実際に減収が発生している場合には、裁判所はこれをベースに損害を認定します。

 しかし、裁判所は基本的には、あるべき収入と現実収入との差額を損害とみています(差額説)。

 ですので、等級認定があったとしても、実際に収入減少しなかった場合には逸失利益を認めないのが原則となっています(最判昭和42年11月10日民集21巻9号2352頁)。

 一方、仮に収入が減らなくても、特別の努力をしたことによって収入が減らなかった場合や、昇級や転職に不利益が生じるおそれがある場合などの特段の事情がある場合には逸失利益を認めるとの判断をしました(最判昭和56年12月22日民集35巻9号1350頁)。

どんな場合に逸失利益が認められるの?

 では、上記の「特段の事情」とはどのような場合でしょうか。

 今までの裁判例では主に以下のような場合に特段の事情が認められました。

(東麗子「減収が無い場合の逸失利益算定の認定傾向について」交通事故相談ニュース47号2頁参照)

  ・昇進や昇給に不利益が生じるおそれ

  ・具体的な業務への支障

  ・転職

  ・本人の努力(具体的に)

  ・周囲の助力

 このほかにも事案に応じた要素が検討されますので、これに限らないでしょう。

どのくらいの額が認められるの?

 特段の事情が認められれば、後遺障害認定どおりの逸失利益が認められる場合もあれば、それより減額して認める裁判例も多いようです。

頑張りをみとめてもらおう

 このように、実際には収入が減少していなくても、その努力を裁判所が認めてくれる場合があるのです。

交通事故の逸失利益がとれないとあきらめないで、自分や周囲の努力、将来への不安などをアピールしましょう。


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これは誰が飲んだ酒だ!?接待交際費?個人の飲食?弁護士が解説

2022-01-28

このコラムのまとめ

 ホステスがいる店に行った費用を接待交際費として計上し、税務署に否認された事案です。

 納税者は、毎回ボトルを空けるなど酒を飲む量が一人分では無いから、複数人での利用であって接待であると主張しました

 これに対して裁判所は、ホステスだって飲むんだから、一人で行ってもボトルは空くでしょ、と判断しました。

お客さんと接待で行く店です

 現在、新型コロナウィルスの影響で下火ですが、昔からお客さんをもてなす「接待」は営業活動として行われてきました。

 ちょっと昭和のイメージですが、いわゆるスナックやクラブなどの夜のお店に行ってもてなすヤツですね。

 接待は営業活動ですので、その飲食費は税務上、接待交際費=経費として計上できるはずのものです。

裁判所が接待交際費を認めてくれない!

 しかし、税務署はなんでもかんでも接待交際費を認めはしません。

 ある会社が、接待交際費を計上して税務申告したところ、税務調査によって個人的な飲食では無いかと指摘された事案がありました(東京地方裁判所令和2年3月26日 平成30年(行ウ)第112号他)。

 この事案は、税務署の指摘を認めてすでに修正申告していたり、事案としては複雑な点がありますが、ここでは単純に一つの論点だけで考えてみます。

この酒量は大人数!なら接待でしょ?

 この事件は、いわゆるホステスが接待するクラブを利用した料金を接待交際費として計上していたのですが、板橋税務署長(処分行政庁)は,納税者は取引先等を接待した事実がないにもかかわらず,これを交際費として総勘定元帳に記載していたとして、重加算税の各賦課決定処分をしました。

 これに対し納税者は,以下のようなおもしろい主張をして,個人の飲食費では無く複数人での飲食であった,すなわち接待だと主張しました。

 「Aは,本件各クラブを利用する都度,毎回のようにウイスキーやブランデーのボトルを注文していた。本件各クラブにはボトルキープの制度があるため、新たなボトルを注文するということは,前回注文したボトルを飲み干しているということを意味する。Aが1人で本件各クラブを利用していたのであれば,毎回ボトル1本分という大量のアルコールを摂取していたことになり,その健康を害した蓋然性が高いというべきであるが,現実には健康を害していない。このことは,Aが本件各クラブを複数人で利用していたこと,すなわち接待等の目的で本件各クラブを利用していたことの証左である。」

(東京地方裁判所 令和 2年 3月26日 平成30年(行ウ)第112号他)

 要するに、「毎回じゃんじゃんボトルを入れてたけど、こんなの一人では飲めないでしょ。大人数で飲んだってことだから、これは接待だよね?」というなかなかの論理です。

ホステスも飲みますよね?

 これに対して,裁判所は以下のように判断し,認めませんでした。

「本件各支出額は,その全てがAの個人的な飲食代金であったと認めるのが相当である(なお,上記のとおり,本件各支出額にはAが複数人でクラブを利用したものも一部含まれているが,その割合はごく僅かなものである上,これら複数人の利用について原告らの事業関係者に対する接待等であると認めるに足りる証拠もなく,上記に認定した事情も考慮すると,本件各支出額の全てにつきAの個人的な飲食代金であったと認めるのが相当である。)。

本件各クラブのような接待飲食店では,客が注文したボトルのウイスキー等をホステスが客の許可を得て飲むことがあり,Aも本人尋問においてそのようなことがあったと認めていることに照らせば,原告らの上記主張はその前提を欠くものである。」

 つまり,ボトル全部を一人で飲めば健康を害するけども,そうならなかったのだから複数人で飲んだ,という主張に対して,ホステスにも飲ませるのだから,お客が複数人とはかぎらない,と判断したわけです。

 裁判官が、こういうお店のシステムを分かった上で判断したもので,裁判官もそういう経験があったのかなぁなんて思うとなかなか趣深いですね。


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令和3年プロバイダ責任制限法の改正!迅速なSNS投稿の削除ができるように!弁護士が解説

2022-01-13

このコラムの要約

 令和3年にプロバイダ責任制限法が改正され、①今まで2回の裁判手続が必要だった発信者の情報開示を1回の手続でできるようになりました。また、②該当するか疑義があったSNSへの情報開示が明確に適用可能になりました。

きっかけ

 契機は2020年5月23日のプロレスラー木村花氏が死去したことでした。

 いわゆるレアリティ番組への出演により、木村氏はSNS上で常軌を逸した誹謗中傷を受けていました。

 事件を受けて国会での改正作業が活発化し、2021年2月、プロバイダ責任制限法の改正法が同年4月21日に成立しました。

削除するのに手間が掛かりすぎる!

 SNSなどによる誹謗中傷の投稿を消し、発言者に損害賠償請求をするにあたって、今までは以下のような問題がありました。

 違法な書き込みがあった場合、これまでは、①まずその書き込みなどを掲載している運営者(コンテンツプロバイダ)にIPアドレスなどの発信者情報開示仮処分を行い、②これを基にして経由した通信会社(アクセスプロバイダ)に契約者の氏名住所等の開示を請求する訴訟をするという、2段階の手間が必要でした。

 さらに、最終的には、特定した侵害者に対して損害賠償請求訴訟を提起するという三段階目の手間が必要になります(この点は改正後も変わりません)。

発信者情報開示専用の新たな裁判手続ができた

 そこで、改正法では、発信者情報開示命令事件に関する裁判手続という非訟手続を新設しました。

 新しい手続は、コンテンツプロバイダへの手続とアクセスプロバイダへの手続を合体して1回の非訟事件で発信者を特定できるのが特徴です。

 そもそも、アクセスログなどは3か月から半年で消失してしまうので、1回の手続で素早く終わることも大変重要な点です。

 この手続で発せられる命令は、発信者情報開示命令(改正法8条)、提供命令(15条)、消去禁止命令(16条)があります。

ログイン型サービスへの対応

 また、プロバイダ責任制限法は、制定当時の主流であった掲示板などを想定していました。

 一方、現在はSNSなどのログイン型サービスによる権利侵害投稿が問題になることが多いです。

 しかし、ログイン型サービスの発信者情報がプロバイダ責任制限法で対象とされるのか、などに疑義が生じたため、これを解消するよう法改正が行われました。

 具体的には、ログイン時情報などを侵害関連通信(5条3項)と定めて、発信者情報の開示請求を認めるようにしました。

 また、侵害関連通信に関わる発信者情報を特定発信者情報(5条1項1号ないし3号)と定めて、コンテンツプロバイダにこの開示を求める請求権を認めました。

 さらに、アクセスプロバイダに対しても、ログイン時情報の開示請求を認めるため、開示関係役務提供者(5条2項)の範囲を拡大しました。

今後の利用が期待される

 これらの改正法は少なくとも2022年以降に施行されます。

 1回の手続で迅速に情報開示がされること、SNSなどログイン型サービスに対しても効力を及ぼすことが明確になりました。

 新しい手続によって、迅速な削除や損害賠償請求ができるようになって、今後の権利救済に資することが期待されています。


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重要事項説明が無ければ特約は無効?それとも有効?弁護士が解説

2022-01-07

このコラムのまとめ

 重要事項説明が無いと、特約など契約内容が無効になるのでしょうか。

 賃貸借契約の有効性は、主に契約書の内容などによって判断され、仮に重要事項説明が欠けていても、直ちに賃貸借契約の内容が無効にはなりません

 あくまで契約書をチェックする努力が重要です。

重要事項説明って・・・無いとどうなる?

 家を借りる時、仲介の不動産屋さんで契約内容の説明を受けますよね。

 これは、宅地建物取引士による重要事項説明という手続です(宅建業法35条)。

 宅地建物取引士は、一定の事項(宅建業法35条1項各号、ただしこれに限定されない)を契約時に説明する義務があります。

 これに違反した場合、宅建業者に対する損害賠償請求などが考えられます。

重要事項説明が欠ければ、賃貸借契約が無効になるの?

 一方で、重要事項説明がなければ、不動産の賃貸借契約や売買契約が成立しないのでしょうか。

 この点について判断した、東京地方裁判所令和2年9月23日判決を見てみましょう。

 この事件は、貸主が退去時のクリーニング特約に基づいて元借主にクリーニング代を請求したところ、元借主が、特約が宅建業者によって説明されていなかったので無効だと主張した事件です。

そもそもクリーニングはしなきゃダメなの?

 まず前提として、退去時のクリーニングは、いわゆる通常損耗にあたり、本来は借主が原状回復する義務はありません。

 そのため、賃貸借契約において、特約として、借主が退去時のクリーニングをすべきことが定められることが多いです。特約としてきちんと合意されていれば、基本的に有効です。

 しかし、本件では、契約が郵送で行われたため、宅建業者による重要事項説明が(特約に限らず全て)行われなかった可能性が高いと裁判所が認定していました。

 この場合に、クリーニング特約は有効なのでしょうか。

特約が合意になる条件

 この点、特約として有効かどうかは、明確に合意しているかどうかにかかっています。

 詳しく言うと、裁判所は以下のように判示しています。

「少なくとも,賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか,仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には,賃貸人が口頭により説明し,賃借人がその旨を明確に認識し,それを合意の内容としたものと認められるなど,その旨の特約が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である。」

(最高裁平成17年12月16日第二小法廷判決・裁判集民事218号1239ページ参照)

 そして、裁判所は、以下のように説明して、本件では特約は明確に合意されていると判断しました

 「これを本件についてみるに,本件契約書においては,特約事項として,入居の期間,契約終了理由,貸室の汚損の程度及び汚損の原因の如何にかかわらず,貸室及び附属部分のハウスクリーニング費用(床,壁,天井,建具,水廻り及び設備機器等の清掃費用を含む。),並びにエアコンのクリーニング費用を,原告が全額負担することが明記されている。そして,その算出方法として,ハウスクリーニング費用については,貸室面積35平方メートル未満の場合には一律3万5000円(税別),貸室面積35平方メートル以上の場合には,貸室面積(単位:平方メートル 小数点以下四捨五入)×1000円(税別)となること,エアコンのクリーニング費用については,壁掛けエアコン1台あたり金10000円(税別)となることが,それぞれ明記されており,いずれの算出方法及び額も,一義的かつ明確である。

 そうすると,本件においては,賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているといえ,その旨の特約が明確に合意されていると認められる。」

(東京地方裁判所令和2年9月23日判決)

 まとめると、ハウスクリーニングとエアコンクリーニングについては、その範囲が明確に規定され、賃借人の負担とされていたこと、費用も計算が明確に可能なように規定されており明確であったことを理由として、この契約書に調印した賃借人は明確に特約に合意していたと認定しました。

重要事項説明が無ければ特約は無効?

 では、重要事項説明が無かったことが、特約を無効にするでしょうか

 裁判所は、重要事項説明が無かったからと言って、直ちに特約の明確な合意が無かったことにはならないと指摘しました。

 そして、契約書において、特約が一義的に明確な内容で規定され、わざわざ枠で囲って見やすくしており、郵送でこれを受け取った賃借人は十分な時間をかけてチェックできたはずであるとして、特約は依然として有効であると判断しました。

 つまり、重要事項説明が欠けていても、契約内容が直ちに無効にはならない、ということです。

 重要事項説明が無いのは言語道断ですが、重要事項説明に頼り切ってはいけません。自分で契約内容を確認する努力が大事ですね。

 自分では契約書の内容がよく分からないこともあると思います。その時は、弁護士など法律の専門家に相談してみましょう。

 転ばぬ先の杖ですね。


この記事は、掲載時点の法律関係を前提として記載されています。法改正などにより、解釈適用に変更が生じる可能性がありますのでご注意ください。

物損と人損の複雑な関係!同じ事故でも消滅時効の期間がちがう?弁護士が解説

2021-12-31

このコラムのまとめ

 交通事故において、人損と物損は消滅時効の起算点や期間が異なります。

 最高裁は、物損については、症状固定時からではなく、多くの場合は事故発生時から消滅時効期間が進行すると判断しました。

 物損については、人損よりも先に和解や提訴をしなければならない場合があるでしょう。

消滅時効は常に意識しなければならない

 交通事故を法律問題として扱うとき、そこにはたくさんの論点があります。

 その中でも、実際に大きな影響を及ぼすものに、消滅時効があります。仮に消滅時効期間を過ぎてしまった後では、加害者に時効を援用されたら、被害者は損害賠償請求できません。

 ミスした場合の損失が大きいため、消滅時効を意識することはとても重要です。

 ところで、交通事故には、身体や生命の損害である「人損」と、車など物の損害である「物損」があります。

 消滅時効は、この損害の種類によって異なるのでしょうか。

人損の消滅時効期間

 身体の傷害(人損)の消滅時効の開始時期は加害者と損害を知ったときから5年です。条文は以下のようになっています。

(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)

第724条 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。

 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。

 不法行為の時から二十年間行使しないとき。

(人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)

第724条の2 人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効についての前条第一号の規定の適用については、同号中「三年間」とあるのは、「五年間」とする。

 改正後の民法によると、724条の2が適用されるわけですね。

人損の時効の起算点

 人損の消滅時効は,いつから開始するのでしょうか。

 死亡の場合を除いて、人損は要するにケガです。ケガはおおくの場合だんだんと治癒していきます。

 治療の結果、もうこれ以上治らない、という時点(「症状固定時」といいます)から時効は進行します(後遺障害による損害の場合です。厳密には治療費は事故発生時から消滅時効期間が進行すると考えられますが、実務上、症状固定時からと扱うことがあります)。

 交通事故でケガをしたら、入院や通院などして普通はしばらく治療します。ですので、事故後すぐに症状固定とは通常なりません。

物損の消滅時効期間や起算点

 交通事故では、人損がある場合,普通は物損も生じることが多いですね。物損の消滅時効はどうなっているのでしょうか。

 まず、物損の場合は、民724条が適用されますから、消滅時効期間は3年です。

 次に、物損はいつから時効期間がスタートするのでしょうか。消滅時効の起算点の問題です。

 物損は、要するに車両等の破壊ですが、普通は、交通事故が発生した時点で、当事者は車などが破壊されたことを認識します。

 ですので、物損の消滅時効の起算点は、ほとんどの場合、事故発生時となるでしょう。

先に物損が消滅時効にかかってしまう?

 ところで、物損は事故発生後すぐに時効期間が開始して3年で時効になりますが、人損はケガの症状固定まで時効が開始しませんし、開始しても5年です。

 そうすると、交通事故で物損と人損の両方があった場合、物損が先に消滅時効にかかるのでしょうか。

最高裁は物損の消滅時効は事故の時から進行すると判断

 この点,先に物損が時効にかかるとすると,症状固定まで長く掛かっている事案の場合は物損については先に提訴せざるを得ません。

 これでは過失割合など、人損と重複する論点を先行して争う必要が生じて面倒です。

 しかし,最高裁は,人損と物損は別であるとして,基本的に物損の加害者と被害を知ったとき(ほとんどの場合は事故時でしょう)から時効は進行するとしました(最高裁判所第三小法廷令和2年(受)第1252号 令和3年11月2日判決)。

 このため,人損も物損もまとめて症状固定後に争うと言うわけにはいきません。先に物損を提訴しないと物損が消滅時効にかかってしまいます。

 ただし,過失割合に争いがない場合には,先行して物損が解決することも多いでしょう。場合によっては、加害者と消滅時効を主張しないとの合意が取れる可能性もあります。

 物損の時効にも目配りを

  今後は,物損の消滅時効期間についても気をつけて,時効完成前に提訴する必要があります。

  人損も物損もあって過失割合に争いがあり,かつ症状固定まで時間が掛かる場合には注意が必要です。


 この記事は、掲載時点の法律関係を前提として記載されています。法改正などにより、解釈適用に変更が生じる可能性がありますのでご注意ください。

令和元年会社法改正を弁護士が解説!取締役の賠償責任保険に特に注意!

2021-12-24

このコラムのまとめ

 令和元年会社法改正が2021年3月に施行されました。

 これらの改正は、主に公開会社など比較的規模の大きな会社が対象となる規律が多いです。

 一方、取締役の補償契約および賠償責任保険契約についての改正は、中小企業にも大きな意味があります。注意して対応しましょう。

1 令和元年会社法改正は、2021年3月に施行!

 令和元年会社法改正は、大部分が令和3年3月1日に施行されました。

 主な内容は、監査役設置会社における社外取締役の選任義務など、1.取締役とコーポレートガバナンスに関連する改正が主となっています。

 また、2.日本企業の成長を促す政策の一環として、株主総会の運営に関する見直しが

されました。

 さらに、3.社債管理補助者制度、4.株式交付制度が新設されました。

 これらの改正は、主に公開会社など比較的規模の大きな会社が対象となる規律が多いです。

 一方、取締役の補償契約および賠償責任保険契約についての改正は、中小企業でも注意が必要です。

 以下、各改正内容を解説していきましょう。

2 取締役とコーポレートガバナンス関係の改正

 取締役とコーポレートガバナンス関係の改正としては、以下の改正が行われました。

  •  (1)取締役の報酬等に関する規律の見直し
  •  (2)補償契約および役員等賠償責任保険契約に関する見直し
  •  (3)社外取締役に関する規律の見直し

(1)取締役の報酬等に関する規律の見直し

 従来から、取締役の報酬については、不当に高額な報酬を防ぐ(いわゆるお手盛り禁止)趣旨での規制がありましたが、一方で、適切に報酬設定することでより取締役が働く動機付けをする(インセンティブ)必要があります。

 そこで、以下のような改正が行われました。

 ・一定の範囲の株式会社に対する報酬等の決定方針の決定の義務づけ

 ・株式報酬等に関する制度整備

 ・報酬に関する情報開示の充実

 ア 一定の範囲の株式会社に対する報酬等の決定方針の決定の義務づけ

 対象は、株式会社のうち、①監査役会設置会社(公開会社でありかつ大会社に限る。)であって、有価証券報告書の提出義務がある会社か、②監査等委員会設置会社(改正法361条7項2号)に限定されています(改正法361条7項、施行規則98条の5)。

 報酬等の決定方針は、取締役会が決定します(改正法361条7項)。

 イ 株式報酬等に関する制度整備

 適正なインセンティブを与えるため、株式報酬の制度の活用が求められるところ、そのネックとなっていた制度の整備を行いました。

 ①取締役の報酬として株式を与える場合に定める定款または株主総会決議の具体的内容を、株式数の上限等と明示しました(改正法361条1項3号)。

 また、②上場会社が報酬として株式を発行・処分する場合に、払込を要さず、有利発行規制を適用しない(改正法202条の2)とされました。

 いずれも、従来の不安定な点や不便な点を解消して、株式報酬を使いやすくするものです。

 ウ 報酬に関する情報開示の充実

 透明性を確保するため、公開会社の事業報告において情報開示を拡充する改正がされました(改正施行規則121条4号、5号の2ないし6号の3)。

(2)補償契約・役員等賠償責任保険契約に関する規律の整備

  補償契約や役員等賠償責任保険契約(一般に「D&O保険」と言われています)は、役員に活動への安心をもたらす一方で、失敗しても自らは責任を負わないという意味では会社の利益を害するおそれがある面があります。

 そこで、①補償契約については、株主総会(取締役会)の決議が必要とされました(改正法430条の2第1項)。

 また、補償の範囲が限定されました(430条の2第2項ないし5項)。

 その他、開示に関する規定などが整備されました。

 ②役員等賠償責任保険契約についても、同様に株主総会(取締役会)の決議によるべきこととされました(改正法430条の3第1項)。

 その他、開示に関する規定が整備されました。

 決議が必要になるのは、従来から契約しているD&O保険を更新する際も同様ですので、注意が必要です。改正法が施行される2021年3月1日以降に更新されるものについては決議を忘れないようにしましょう。

(3)社外取締役に関する規律の見直し

 ①監査役会設置会社(公開会社かつ大会社に限る)であって有価証券報告書の提出義務がある会社は、社外取締役の設置が義務づけられました(改正法327条の2)。

 ②社外取締役に対して、一定の場合に会社は業務執行を委託することができるとされました(改正法348条の2第1項・2項)。これは、取締役が業務を施行した場合に社外取締役の要件を満たさなくなる(法2条15号イ)ところ、一定の場合には社外取締役が業務執行することが望ましい場合があり、これを回避するためのものです。

3 株主総会の運営についての改正

 ①株主総会資料の電子提供制度が導入されました。振替株式を発行する会社は電子提供制度の利用が義務づけられました。この改正は、2022年中に施行される予定です。

 ②また、株主提案権につき、提案できる議案の数を制限しました(改正法305条4項)。濫用的な提案を防止するためです。

4 社債管理補助者制度

 会社が募集社債を発行する場合、原則として、社債管理者を設置しなければなりません(法702条)。

 しかし、社債管理者の設置コスト等から、実際には例外規定によって管理者を設置せずに発行されることが多かったようです。

 今般、社債のデフォルトが発生し、管理者の不在によって社債権者の保護に欠けることが懸念されました。

 そこで、社債管理者ほどの保護ではないものの、社債権者による社債管理を補助するための制度として補助者制度が設置されました。補助者になれる者として、従来の社債管理者の資格者以外に、弁護士や弁護士法人もあらたに認められました。

5 株式交付制度

 従来の株式交換では、完全親子会社にしか慣れず、他の会社の株式の一部だけを取得できませんでした。

 また、株式の譲渡を受けた場合、その対価として株式を支払った場合には、現物出資規制を受けてしまいます。

 そこで、譲渡する会社との契約関係を基礎として、譲り受ける会社の株主の保護のための一定の規制を付与した株式交付制度が新設されました。これによって、現物出資規制を受けることなく、他の会社の株式の一部を取得できるようになりました(改正法2条32の2号、774条の3以降)。


 この記事は、掲載時点の法律関係を前提として記載されています。法改正などにより、解釈適用に変更が生じる可能性がありますのでご注意ください。

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